2008年12月27日

最初の言葉に詰まりやすいので初めだけフォロー作戦

話すリハビリをしていて、「じゃあ、お父さん一人で♪」というと
何でも「お、お、お母さん!」と言ってしまう父。

どうも、お母さんという言葉だけが頭から離れないようです。
一人でというと緊張して、その言葉だけが出てくる。
そこで、最初の言葉だけ言ってあげる作戦に。

数字の歌を初めは一緒に歌います。
「いち・にい・さん・しい・ごお・ろく…じゅう・じゅういち・じゅうにい…」
何度かやった後、次から初めの4つだけ一緒に言います。
私:「いち・にい・さん・しい」
父:「いち・にい・さん・しい・ごお・ろく・ひち・はち・くう・じゅう」

続いて、
私:「じゅういち・じゅうにい・じゅうさん・じゅうしい」
父:「じゅういち・じゅうにい・じゅうさん・じゅうしい・じゅうごお・じゅうろく
   じゅうひち・じゅうはち・じゅうくう・にいじゅう」

言えました。



住所もやってみます。
初めは一緒に「きょうとおし、かみぎょうく」
次に初めの一文字だけ私は言うので、父にはずっと言ってもらいます。
私:「きょう」  「かみ」
父:「きょうとおし・かみぎょうく」

言えました。では、お父さん一人で。っていうと。。
小声で「お母さん」。。。


「あいうえお、かきくけこ」も同じです。
初めは一緒に言います。「あ・い・う・え・お」「か・き・く・け・こ」…
次は初めの2文字だけ言います。
私:「あ・い」      「か・き」      …
父:「あ・い・う・え・お」「か・き・く・け・こ」…


初めの言葉に詰まるので、初めの言葉だけフォローすると、
それなりに言える
ことがわかってきたのですが、

一人で言うとなると、やっぱりまだまだだめそうです。



動くほうの左手の指でいろんな形を作るリハビリをしていると
ちょっと頭の体操になっているようで、いいみたいです。
また、数字やひらがな1文字を書いたカードを使って3枚か4枚を順番に回して
覚えたかな?と思う頃に次のカードは?と聞いて記憶のリハビリもやっています。
3枚だと覚えられるんですが、4枚になるととたんにだめになりますが。

指を使うリハビリをしてから、
何でも指で数字を数えるようになったのはいいのですが、

お名前は?と聞いても数えようとして、
母に「いくら数えてもしゃーないで」と突っ込まれています(笑)


※声を出すときは大声でこちらが出すと
つられて大声になって嚥下のためにもいいかもしれません。
父の場合、一人で言うときはすごく小声になってしまうので。
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2008年12月22日

指差すリハビリも高度化!?

「お父さんの胸はどこ?」、父は胸を指します。
「じゃあ、お父さんの右ひざはどこ?」父は右ひざを指します。

背中とかお腹とかを時々間違えたり、
ひざとひじを間違えることもありますが、

おおむね、大丈夫です。

指のリハビリをやりながら、「薬指を立てて」というと
中指を立てたりします。
現在のところ、指の名前は苦手みたいです。



ちょっとお手玉で母もともに遊んで、リラックス。
2個のお手玉を3人で回します。母と私は利き手じゃないほうで。
簡単なので、次に一度上に上げて自分で受けてから相手に投げます。
これは難しかったみたいです。
時々、受けたお手玉をそのまま母に投げてました。

その後で、母に横に座ってもらって母を使って指差すリハビリ。
「お母さんの左手の小指はどれ?」とかです。
小指や親指、一応、人差し指は何とか。
ただ、右手の中指と左手の薬指とかは間違えてました。


母に手伝ってもらうと、父も楽しそう。

母は時々、出来ない父にいらっと来たり、
できない状態を目の当たりにするのが嫌らしく、
あまりやりたがらないのですが、
何とか捕まえて、あの手この手で参加してもらっています(笑)。
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2008年12月21日

冬至なのでゆず湯とかぼちゃ

冬至なので父をゆず湯に入れてあげました。
晩ご飯は南瓜(なんきん)の煮物を食べます。


中風(ちゅうぶ)のまじないなんて言いましたよね。
我が家でもずっと昔からかぼちゃを食べてきたんですけど…。

中風とは、昔の言葉で脳卒中などを指す言葉だそうです。
中風 - Wikipedia参照

これ以上、誰もなりませんように。父も再発しませんように。
そんな願いを込めて。



ちなみに、私は南瓜嫌いなのですが、母は大好き♪
だから、冬至なんて関係なく頻繁に煮物を作るのですが、
最近、連続して南瓜の煮物を作っているときに鍋を焦がしていました。

私は煮物が作るの苦手で、というか汁気がなくなる手前まで煮やすのが苦手。
母はずっとうまかったのに。皆様もお気をつけくださいませ。


ちなみにゆず湯の由来柚子湯 - Wikipediaによると
一説に、湯治(とうじ)と冬至(とうじ)との語呂合わせで、
身体息災であれば、融通(ゆうずう)がきく、とのこじつけであるという。

だそうです。



年末に近づいてきたので、徐々にあちこちを大掃除しています。
近所のショッピングセンターや商店街で準備、準備っと。

何でも母の好みで決まってきた我が家のインテリアや父の服。
だから、三人であちこちお買い物です。

年賀状はもう作って出しました(笑)。
もう、年末の準備は着々と進んでいます。
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2008年12月19日

ちゃんと身体の右側もわかるかテストしてみました。

階段の上がり下りのリハビリをしながら、父の背中を見ているとき
ふと右側もちゃんとわかるかが気になってベッドに戻ってからやってみました。



背中を向いてもらって、身体のあちこちを指で押してみました。
右側を押していたら「右」左側を押していたら「左」って言ってねっと。

失語症の父は結局、ちゃんと右とか左と言えませんでしたが、
背骨付近でもちゃんと右左はわかっていて一安心。
感覚はちょっとは違うそうですが、わかっているので良かったなって。

ふくらはぎとかかかととかもやってみましたが、大丈夫でした。


テストっていうよりも、いろんな脳への刺激を今、考えています。
昨日書きました
指の運動で脳の活性化!?

今日は途中で終わってしまいました。
腕が疲れるって。そうですよね。普段使ってない指の筋肉を使うんだから。


リハビリの仕方を考える私もいろいろと試行錯誤して
脳が鍛えられるかも
なんて(笑)。

どうしたら、いいリハビリが出来るか、楽しく出来るか。
いろいろ考えるということが頭にとって必要だと思いますので。
タグ:
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2008年12月18日

指の運動で脳の活性化!?

楽しいリハビリを心がけてから、いろいろと模索中です。
私は楽器が得意なのですが、ふと指の運動もいいかなと思って、
リハビリに取り入れてみました。


お父さん、チョキできる?
出来ました。グーは?出来ました。
じゃんけんも出来ました。

そこで、もっと複雑な手の動きをやってみます。
キツネの格好や小指から順番に指を立てていったり、
人差し指と中指をひっつけて、薬指と小指も引っ付けて
中指と薬指の間を離してみたりと…。

父にとっては利き手じゃない左手しか動かせないので
そうとう難しかったようです。母も一緒にやってみました。


次に口の形をいろいろ変化させて、見て真似てもらいました。
上唇を下の前歯で噛んでみたり、下唇を上の前歯で噛んでみたり、
口角をなめたり、口をとんがらせたり…。

指でも口でも見て真似るというのも難しいみたいですが、
少しずつでも真似るという動作によって脳の活性化が出来ればいいのですが。



また、声を出すリハビリも、
たっぷり息を吸って出来るだけ長く声を出したり。
肺の機能も大切だと思いますから。


ぜんぜん声が伸びないので、聞いてみたら、歳だからみたいなジェスチャー。
そこで母にやってもらうと、かなり長い時間、ずっと声を出せました。
それをみて、父もしっかりやろうと思ったみたいです。

同い年の母にあまりに負けているというのが嫌だったみたいです(笑)。


以前書いたおじゃみで遊んでみました。は今もやってます。
ただ、実は、一番落とさないのが父。なかなか器用に左手で受けて投げます(笑)。
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2008年12月14日

字を書くリハビリや話すリハビリから方針変換

今年の夏ぐらいの出来事なのですが、
私と父で家のトイレに手すりを付けて
本当のトイレで出来るようにと考えていました。
父もポータブルトイレを嫌がっていたので。

でも、それを母に話すと、
そんなの無理という言い方と、
それよりも話せるように話し相手になって欲しいと
母が父に気持ちをぶつけました。


それから始まった、ちょっときついめの話すリハビリと字を書くリハビリ

いろいろやってみたものの、
歩くリハビリは目に見えて良くなっていくのに
特に書くほうは行きつ戻りつ。

母も私も徐々にきつい言い方になってしまいました。



最近、父がちょっと萎縮気味かもしれないと気が付き、
父は今のきついめのリハビリがいいと言いますが、
言えば言うほど、書けなくなったり、
言っている内容が理解できてなかったり、
集中力を欠いたりするので、家族会議を開きました。



年齢も年齢だし、
やっぱり楽しいリハビリのほうがいいのではないかと。


話せたり、書いたりはそのうち出来たらいいかなと。
それよりも、体力だけは維持して、自信を付けて楽しくやりませんかと。

介護する側のQOLの大切さ。いただいたコメントから
という記事も書いているのに…。


私自身、性格がちょっときつくなってきているかもと
気が付いていつもありがとうというブログを作って
そんな私自身の意識改革になればと思ったのですが、
勉強でも何でも、楽しいほうがいいですものね。

私自身も介護もリハビリもちょっと迷走中!?ですが、
そんな紆余曲折や葛藤も書いていきますね。



(参照)
きついめの話すリハビリの例
何らかの形の脳の中の突然変異を望んで、しばし、話すリハビリに特化

楽しいリハビリの例
おじゃみで遊んでみました。

緩急も大事ですが、ちょっと楽しいリハビリ優先に方針変換!
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2008年12月13日

医療現場と家族との考え方の隔たりと父との約束事

父との約束事。それは、
以前から書いています嚥下が悪くなったら
食事にとろみを付けること。

そして、右半身不随なので右腕が痛くなりすぎたら
日常でも装具を付けること。


実は、両方とも父が嫌がったことなんですね。
とろみも装具も。
だから、父との約束事ではありますが、
こちらが、そうならないようにリハビリしてあげるという現実。



訪問医療のお医者さんや訪問看護さんから言われるので、
本当はとろみを付けて、装具もつけるほうがいいのですが、
嫌がる父に無理に付けるのは本当は簡単ですが、私はやりません。

嚥下機能は、食事中にちょっとむせたりしていることに気が付くと
リハビリを話す練習多めに切り替えます。
大声で話す。それでもだめなら、口角をなめたり、口の周りの運動。

右腕が痛いといえば、階段の上り下りやちょっときついめの運動。
亜脱臼しかかっていることが原因で痛いんですね。
それが、ちょっときつい運動をすると、力を込めるたびに
右腕にも自然と力が入り、亜脱臼が直る。
寒い日に寒さを感じても同様です。

ちょっときついかもしれませんが、そんな対処法でやってきました。


亜脱臼は放置すると大変だということも、
はまり方を間違うと大変ということもネットで調べました。
でも、嫌がる装具を鬼の顔してつけるよりも、
鬼の顔して身体を動かすことを促すほうが父も楽しそうだから。



父との約束事。それは結局、お医者さんとの約束事なのですが、
そうならないように影で努力しています。

先日、父がリハビリの先生に右肩が痛いといいました。
先生からは訪問医療の先生が来られたときにまだ痛ければ、
そのように告げてくださいと。

いつも、同じ。その後訪問医療の先生にそう告げたら、
装具を付けないからと言われるだけ。


私のやり方は、医療からみたやり方としては間違ってるかもしれない。
でも、力を込める運動をすると右肩の亜脱臼が直るのも事実。

姉が来ていたので、家族全員で確認作業をしました。
まず、痛がっている右肩を見てもらいます。
指が1本ちょっと入るほど離れてるでしょと。

皆で確認。父も確認します。

そして、階段へ。

階段を2段ほど登ったところで、皆で確認。
亜脱臼が直ってるでしょと。姉もすごく納得。

父に、今痛い?と聞くと、直ってるという返事。

階段往復を終えて、しばらくすると、ちょっとづつ、亜脱臼気味に。
それも皆で確認。父はもう痛くないと言ってましたが。


ちょっと最近、ひざが痛いといったので、書くリハビリ中心に変えてました。
また、お部屋も暖かく、のんびり出来る状態。
しかも、その後、私が風邪気味になったりしたので、
リハビリがさらに書く練習に。

それが、亜脱臼を誘発したかもということは
2年間休まずに父のリハビリをしてきた私の推論です。




医療からみた患者への対処の仕方と家族からみた患者への対処の仕方。
どうしても乖離があるのは仕方ないこと。
他人と家族だから。万が一のことがあっては大変と思う医療現場。
ずっと状態を見て最良の方法を経験的に実践できる家族。

この隔たりは患者本位で見るか、万が一のリスクを避けるかの差。
家族だから出来るんですけど、隔たりは大きいと思うことがあります。

無論、だから、リハビリ制限して、
家族が見たらいいということじゃないですよ。

リハビリ制限は患者本位じゃなく、お金をいかに削減するかの問題ですから。
リハビリは本当に必要なんです。
リハビリをしてあげたくても出来ないご家族のほうが圧倒的に多いのですから。

でも、難しいですよね。患者本位のリハビリって。
家族じゃないのに万が一を考えると。


(参照)
嚥下機能としゃべるリハビリ
肩の亜脱臼


追記:
介護現場が本当に大変だということはよく知っています。
ショートステイの現場でもいろんなお話を聞かせていただいたことがあります。
そして、いろんな患者さんがいらっしゃることも病院通いで知っています。
決して医療現場のことをどうこう言いたいということではありません。

ただ、患者の代弁者としての家族と医療現場、そして制度を作られてる人とでは
とても乖離しているかもしれないということを
私の考えとして書いてみただけです。

また、これは父の場合ですので、
他の方が同じ方法を取られてうまくいくということ書いたわけではありません。
もし、試される場合は、ひとつひとつ、状態を確認しながら、
確証を得ながら自己責任でお願いします。
タグ:装具 とろみ
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2008年12月08日

教えてえな、早よう。少しずつは話せるようになってきてるのかな。

数字を書いたカード3枚を順番に回して、読んでもらいました。
もちろん、言えません。
「8」「3」「4」たとえば、この3枚を順番に回します。

「8」のときに、「わかってんにゃけど」ともだえてます(笑)。
母が、「指で数えたら」と言って、一緒に数えます。
数え歌は歌えるので、
いっしょにいち、にい、さん、しい、ごお、ろく、なな、はち
「ああ、そうかあ」

そんな感じで何度か同じ繰り返しをやります。
そして、繰り返してやっているので順番を記憶していたら
出てきますよね。
だから、「8」のカードの次は?という聞き方に変えました。
そしたら、指三本で示します。「だから口で言わないと」と言うと
しばらく考えて「お母さん」。。
最近は、何を聞いても口から出てくる言葉は「お母さん」



母に頼りっぱなしの父です。
母も言わせるために「スリー」ってわざと英語で言ったりします。
すると、「教えてえな、早よう。ほら」って。
流暢に話しました(笑)。


以前にも書きました「今、言うた言ってるやろ」とか、
前回に書きました「こっちのほうがええ。だんぜん楽や」とか
困ってもどかしさを覚えると、文章で話せるようになってきたみたいです。



何かがつながりだすかも!! 母とほくそえんで仕掛けてみました。


食後、ちょっと仕掛けてみます。
矢継ぎ早に「○○はどれ?」「あれ」「あれは何?」攻撃です(笑)。
今回は話せる話せないに関わらず焦らすために
わざと矢継ぎ早に、言えなくても次から次へと質問攻め。

すると、聞いてもないのに
自分で「あれは時計やろ」と時計を指差して言い出しました。


これはいける!!

そこで、いつも、父はテレビを見てるだけなのですが、
今日はテレビを見ながら、会話に引き込んで、何とか話を振ってみました。
何度も何度も、言えなくても無視して続けます。
父が考えて止まってしまうと言えなくなるみたいなので、
緊張しないように普段の会話のようにやってみます。

これまでの経験から、よっぽど困って何かを言わないといけない場合か
何も考えずに口から出るか。どちらもしゃべれる可能性があるみたいです。

矢継ぎ早に、普通の会話のように。ゴールデンタイム2時間。

そ、そして!クイズ番組を見ながら、
急いで答えを聞くと!ひとつだけでしたが、さっと正しい答えを言いました。
すごい。。


今日は、確かに手ごたえあり。そんな気がしました。
父もしたり顔です。
ちょっと今日はうつむき加減なときもありましたが、
自分でも自信を持てたみたいです。



こうやって付き合ってあげられたらいいのですが、
仕事したり、家事をしたりと
普段はなかなかそこまで話を振りながら
テレビを見てられないので、残念。

でも、一日中、話を振れれば、
本当に話せるようになるかもという手ごたえだけつかみました。
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2008年12月07日

父お気に入りのリハビリパンツ。その理由は…

健康スクエアという私のネットショップでご紹介しています
リハビリパンツでは、次回から応援介護 パンツタイプ L〜LL 30枚入に
しようかなって書いていますが、とうとうしました。


私の魅力は、やっぱりお安いこと!
それと、買いに行くのが手間だからネットで買ってしまいたかったこと。

でも、気に入らないかも。それが心配でした。
テークケアのリハビリパンツをずっと使ってたのですが、
使っていたパンツの販売がなくなり、
今は、アテント うす型パンツ すっきり快適 男女共用 L〜LLサイズ 16枚入
でした。近所のドラッグストアでセールのとき、1,380円
それを上回る安さの応援介護パンツタイプ!

履いてもらうと、中に横漏れギャザーらしきものがあって。
履きにくいかなあとちょっと心配に。

父はポータブルトイレのときは自分で上げ下げ出来るので
着替えのときと外出中の車いす用のトイレのときしか、
私が上げ下げすることはないのですが、
一度、「○◆×△▼◎…」何か父が言ってます。
よくみると、ギャザー内に収まってませんでした(笑)。

やっぱり、だめなのかな。。

でも、父はこの方がいいというジェスチャー。
値段が安いから気を使ってくれてるのかな。だったら大丈夫だから。
そう言うのですが、やっぱりこっちのほうがいいと。

もしかして、すっぽりと収まりが良くて気持ちいいのかな!?



そして、今日、着替えのときにもう一度聞いてみました。
「本当にこれでいいの?アテントもまだ残ってるよ」と言うと
はっきりと「こっちのほうがええ。だんぜん楽や」と言って、
笑顔でお腹周りを指しました。

なるほど、ちょっと太り気味になりつつある父は、
ゴムバンドがゆるいこの応援介護のほうが本当に良かったらしいです。

それを聞いた母が、「あんた太りすぎや!」

父、沈黙。。
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2008年12月06日

冬のお風呂で思い出す退院後はじめてのお風呂

お正月を一緒に過ごすために父の退院を年末にしたので
いろんな業者さんがお休みになったりして
退院したときは、
試し(デモ)で借りていたお風呂道具しかありませんでした。


始まった自宅での生活で書いているように
退院後すぐに訪問看護の方が来てくださって入れてくださいましたが
その後すぐに年末でお休み。

だから、私が続きは入れてあげることになってました。
もともと、ずっと私がお風呂に入れてあげる予定だったので
私的には問題なかったのですが、
やっぱり初めては緊張しますよね。私も父も。



お風呂の手前までファンヒーターを持っていって
入浴前まで温めてあげました。


その後、シャツ1枚とパンツだけになって車いすでお風呂場手前まで。
まだ、手すりがついてないので、引っ張り起こして、
健足(けんそく:麻痺していないほうの足)から降りてもらいます。
もう、父は怖いのかがちがちで。。
とにかく「大丈夫だから。病院でも練習したし。心配ないよ」と
声を掛け続けました。


お風呂場に降りた後は、私の肩に手を回してもらってだったかな?
私は父の腰を支えながら、
お借りしていたお風呂用の椅子になんとか座ってもらいました。

もう、寒がって、寒がって。
だから、シャワーを渡してずっと自分で温めてもらい、
その間、私は頭や身体を洗います。
慣れてないから、父も私にシャワーをかけたりされて。。

その後は、これもお借りしている
お風呂に渡す台に移します。重い。。
そして、健足をお風呂に入れて、台の向こうについている取っ手を
もってもらい、麻痺足を引っ張り上げてお風呂につけます。
その後は、お風呂場で立ってもらって
台をはずし、全身を抱えながらゆっくりとお風呂につけてあげます。

あがるときも一苦労。重い。引っ張り上げて
持つところもないからなかなか怖がって出れなかったのですが、
なんとかお風呂から出てもらいました。



年が明けると業者さんが来てくださって手すりを付けてくださいました。
その後は、手すりがあるので、もう少し楽に。

でも、冬場は寒がるので、
本当に寒い時期は初めから湯船につかってもらって
しばらく温もった後、その中で頭と身体を洗っちゃいます。

出るときに、シャワーできれいに。


初めの頃のお風呂は本当に一苦労でした。
今は、父もかなり元気になって、ポイントポイントで支えるぐらい。
お互い、緊張感なく淡々と進んでいきます。
湯船につかってからは、私は外に出て、ゆっくりつかってもらってます。
父も超リラックスモード。

実は、お風呂場まで初めの頃は車いすで行ってましたが、
今は歩いて行ってもらってます。湯上りは、さっさと服を着せたいので
都合上、車いすに乗ってもらってさっと部屋に戻りますが。

今思えば、本当に楽になりました。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

退院前、もうあまりよくならないかもという雰囲気での話し合いを
リハビリ病院でしていました。
だから、いろいろと覚悟してましたが、
今、本当に楽になったことに感謝しています。

退院直後は、ベッドから身体を起こすことも出来なかったのですから。
病院でずっと練習してくださったのに出来なかった。
それが、退院して1〜2ヶ月で自分で起きて、
ポータブルトイレに出来るようになりました。


いろんな方がいらっしゃると思います。回復の仕方もまちまち。
父よりももっといい状態の方も、もっとお悪い状態の方も。

今後、父も年齢とともにまた悪くなっていくと思ってますし、
私がこの2年ほどで思うことは、
とにかく毎日リハビリをする習慣を付けて、励ましていくこと。
悪くても現状維持、できればもっと回復できるように続ける。


本当に毎日リハビリメニューを考えて付き合うのは大変なのですが、
それが今の結果を生んでいると思えば、
続けていこう、頑張ろうって。


家族だから。知恵を絞って助け合うしかないですから。



※今回はちょっと長くなっちゃいましたね。
今、病院通いされてらっしゃる方にとっては
本当に不安がいっぱいだと思います。
でも、知恵を絞って助け合っているといつか笑えるときがきますよ。きっと。
介護現場の方の中には、手を抜こうとされてる?って方もいらっしゃいますが
たいていの方はやっぱり「人を助けたくって」って方も多いと思います。
そんな中で信頼を置ける方を見つけて、いろんなことを相談しておく。
いろんな知恵を授けてもらっておくことが大切かなって思います。


相談すべき今後のことがわからない。
そんな方に役立ってもらえるようにこのブログを書いているつもりですので、
退院まで、そして、退院後、どんなことがあるのか
経緯を見ていただいてご自身がすべきことを想像していただけたら。

そして、そこで浮かんだ不安を病院のプロの方々に相談していただいて
不安を解消していただけたら。


私自身が、本当に今後をどうしたらいいのか常々悩んでた人なので
同じような方がいらっしゃればお役に立つかなって。
そんなつもりで作ったブログです。

今はただの介護日記になってしまってますが(笑)
タグ:入浴介助
posted by fooca at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年冬の介護日記
大人のお洒落情報 0107 オシャレカタログ