2008年11月17日

父も母もリハビリ!?

最近、字を書くリハビリを母に任せているのですが、
父が悩んでいる間に、母に質問。
ローマ数字書ける?(1週間前のことです)。
書けなかったので、書きました。
「ほら、規則性があるから憶えやすいでしょ」って。

T・U・V・W・X
Y・Z・[・\・]


昔の時計の文字盤はそうだったんだけどって言ってました。

それから1週間、父のリハビリ中に「覚えてる?」と質問。
…書けない。。4はどうだったっけ?って。
5(X)から1(T)を引いた感じって言っても思い出せず。
6は5(X)に1(T)を足した感じでしょ。
同じように9もだめ。

続いて、アルファベット。A・B・C・G!?・E・F・G…
違う違うD!

父にひらがなのリハビリを母がやりながら、私が母にリハビリ!?
父もその姿を見て笑ってました。



今度は母から逆襲。手風琴って知ってる??
何それ??アコーディオンのことだそうです。

なんとなく、家族みんな勉強やらリハビリやらをやりあってます。
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過去の料理記録にみる母との二人三脚の日々

父が退院してから、すぐはあまりに大変で、お料理の記録はつけてなかったのですが、
しばらくして、訪問医療の先生が栄養士を一度、派遣しますって言われて、
3日間分ほど何を食べたかすべて記入してくださいと言われました。

それから、始まった料理の記録。朝・昼・晩3食で使った材料を記録して
何品目食べたかも書いています。


好き嫌いの激しかった父に食べてもらうために
彩りよくお料理も一期一会の精神で!?同じような料理が続かないように
レシピもいろいろ研究。

母は何でも煮るのが好きで、煮物やおひたしが多いです。
私は、刻むのが得意なので、あっさりとした生野菜の和え物が多いんですね。
その時々の薬味、みょうがとか酢だちとか、
なければゴマや鰹節、刻みのり、からし和えにしたりとか。

二人のどちらか作れるほうが作るという感じでやってきました。
まさに、二人三脚過去の料理記録を見ながらしみじみ、そう思います。



母は心臓が悪いですし、私は若年性の肺気腫。
私も母もずっとこのまま元気で続けられるといいのですが
どちらか一方が倒れることもあるかもしれません。

そんな話を母としてたら、母がしみじみと
「あんたがいなかったら私はもうとっくに死んでたやろなあ」って。
あんまり感謝されたことがないので、ちょっとびっくり。
「変なこと言わないでよ」って。

でも、二人ともひそかにPTSDなところがあるんです。
それは、救急車のサイレンを聞くと今でもどきどきすること。
深夜ならそれから眠れなくなる。
やっぱり、思い出してしまうんです。

あまり無理せず、出来るところまで頑張ろうよ。お母さん。


父が退院してから二年弱。その間のお料理の記録を見ながら、
徐々に同じ食べ物、作るのが楽な料理になってきてたり、
食材の値段から料理が変化してたり。

いろんなことが見て取れて、母とゆっくりとたわいのない話をしてました。


過去の関連記事:
食生活と血圧って本当に関係してると実感してます。。
手抜き介護食の合わせ調味料
タグ:二人三脚
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2008年11月15日

脳内出血後の父のモノに対する価値観の変化

生け花を飾るフラワーアレンジメントが、アルツハイマー病など
脳障害のリハビリに効果
があるということを独立行政法人・花き研究所
望月寛子研究員らのグループがその可能性を突き止めて特許申請したという
ニュースを毎日.jpの記事で見ました。

脳障害:フラワーアレンジメントがリハビリ効果 特許申請
記事は日が経てばリンクが削除されます。あらかじめご了承ください。



父はもともと呉服の職人というかデザインをしていて
昔は道具とかを乱雑に散らかしていて、
きちっと片付けるよりもそのほうが使いやすい
と言っていたのですが、
今は、食卓にあるちょっとした箸置きなどが歪んでいると、
すぐに直そうとします。

母もそんな人じゃなかったのに。ってよく言ってますが、
妙に几帳面になって、何かがいがんでいると直そうとします。

それに対して、外出大好きな父は、ご近所のお花とかが大好きなようで
ずっと眺めていたりします。確かにもともと呉服関係なので
お花はよく知っているのですが、こんなに好きそうだったかな?
と思ってました。

お花畑のように咲き誇っているお家があると
思わず「わぁ」と声を出すほどでした。

確かに興味を持ってうれしそうに眺めてました。

きれいなものをよりきれいに感じるのか、
ちょっとした歪みも、より歪んで気持ち悪く感じるのか
そういう変化は私も母も思ってました。

フラワーアレンジメントは本当に効果ありそうですね。
見た目だけじゃなく、香りもともに脳を刺激して良い効果ありそうですね。
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やっぱり緩急が必要ですね。150m25分の旅

最近、家の中で歩くリハビリをやって、あとは話すリハビリに特化。
「う」の行が本当に苦手で、
「うくすつぬふむゆるう」ぜんぜんだめ。
得意なのは「お」とか「と」とか。。

あれは何?って言うと必ず「お」とか「と」とかが出てくる。
お母さん、トイレはちょっと言いやすいですが、
「つえ」が言えない。「ストーブ」も言えない。

母とともにやりすぎると、だんだん、すねてきちゃって。。
「わかってる。もういうな。まあみとけ」
昔、父がよく言っていた言葉。

そんな言葉が出てきて…。

でも、「やらないといつまで経ってもしゃべれないよ」とゆっくり話して、
納得したみたいだけど、ちょっと急ぎすぎたかな。

ということで、また、外を歩くリハビリに。
「外行く?」って聞くと本当にうれしそうにうなずく。



今日は、約150mほどの歩くリハビリの旅。50mくらい毎に車椅子に座って休憩。
イチョウが本当にきれいに色づいているところを歩いたので、気分爽快。
父も本当にうれしそうでした。やっぱり緩急が必要ですね。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

家に帰って、ごはんを作って食べて、何かまだやりたそうな雰囲気だったから、
字を書く練習する?って聞くとうなづいた。えらいやる気に!

そこで、「あいうえお」を書いてというと、
すらすらと「あ・い・う・え」と書いた。今までそんなふうに進まなかったのに。
おそらくよっぽど気分が良いのかな。でも、最後に「こ」
「あ・い・う・え・こ」何それ。。「こ」じゃなくて「お」
何とか書けました。

続いて、母が「じゃあかきくけこ」は?っていうと
あっさりと「か・き・く」でも「け」が出てこない。
母が怒って「けぇや!」っていうと書きました。母は偉大です(笑)。
「こ」はさっき間違えたやつなので書けました。

さらに母は続けます。今まで書いてない「さしすせそ」は?
すると「さ」は書けました。ほほう。
でも、「し」が書けない。仕方ないので釣り針みたいなのって言うと書けました。
次に「す」ですが、すっと出てきたのはいいのですが、逆。。
左手で書くとああなるんですよね。鏡文字に。

「せ」は出てこず、結局言いました。
そこで、母が「そ」を書いたらチョコレートあげる!って言うと
なんと、さらさらっと「そ」を書きました(笑)

なんて現金な。

今日の字を書く練習はここまで。
私がやるときは、たいてい、毎回あいうえおが書けずに
教えてあげて書いてもらうパターンでしたが、母はやっぱり偉大です。
父も笑ってました。今度から、母に字の練習をみてもらおっと。
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2008年11月11日

左脳の脳内出血の後遺症と付き合う日々

父が2006年5月に倒れて約2年半。
前回の何らかの形の脳の中の突然変異を望んでの記事と
以前いただいたコメントから書かせていただいたQOLの大切さ
私が書いた今だから言えること。

そして、検索で後遺症について調べられている方の多さ。
後遺症を調べられる最大の理由って私もそうでしたが、
今後の不安からだと思うんです。

これらのことを勘案して、
そこで、その後の後遺症の経過をちょっとまとめて書いてみたいなって。



まずは、父の今後を思いますと、
家族としては出来る限り本当に何とかしてあげたいという気持ちです。
でも、現状の後遺症の状態を考えると。。

※以下、父の中程度と言われる左脳の脳内出血の場合とお考えください。

::病院からの退院後からの2年弱を振り返って::
右腕:ほぼ変わらず動きません。
記憶:倒れる前に培われた記憶はほぼあるように思います。
   ただ、失語症があるので言えない。
   それと、失語症や字が書けない点において、
   今から新たに憶えるということはできないようです。
   退院後2年弱、毎日のように話すリハビリ、歩くリハビリ、
   右手を動かすリハビリ、字を書くリハビリを
   日によって量は違いますがやってきて、そう思います。
   字でも言葉でも、単語(ありがとうやこんにちは)以外では
   2文字以上覚えられません。質問も途中で忘れる。
   だからと言って、痴呆症ではないようですが。
   失行というふうに病院では言われてましたが、
   行為を失うというよりも、
   複雑なものをまったく憶えられないが正しいかもしれません。
右足:足首より先はまったく思うようにならないので、
   足の上げ下げには注意が必要です。
歩行:3点歩行で120m20分くらい頑張って歩けます。
計算:一桁台の足し算引き算は可能です。二桁になると日によります。
会話:話している内容は基本的にわかっているようです。
   ただ、退院後よりかは年齢も進んでいるので、
   ゆっくり話す必要があるようです。
テレビ:母いわく、父に聞くと実は半分くらいしか理解できてない
    答えたらしいです(NHKの大河ドラマや連続テレビ小説)。
    でも楽しんでみてます。
階段:3階まで介助つきで上がれるようになりました。
その他:ベッドから起き上がれるようになって、
    自分でポータブルトイレで用を足します。


脳の仕組みってどうなっているんだろうと今も考えちゃいます。
漢字は覚えていることが多く、デザインとして憶えているみたいです。
でも、ひらがなや今、言った質問は記憶できないことが多い。
まさに、左脳は障害が残って、右脳は働いている感じなのかもしれません。
その使える右脳で左脳の働きができればいいのですが、
そういう突然変異的な状況を願ってリハビリしているのですが。。


基本的に退院後、良くなっていると思います。
病気にもなりにくく、風邪もなりにくくなりました。
記憶や会話、理解力については、病院ではプライドを傷つけないという点を
重視されていたように思いますので、今、悪くなったというよりも
隠されていた、もしくは本人が隠したかった悪い部分もこっちが知れるようになった
と理解したほうがいいと思っています。

退院後の食生活もかなり気を配ってやってきました。
手抜き介護食の合わせ調味料

出来うる限りのことをやってきたつもりです。
でも、残念ながら後遺症は完全には治りません。
これが今だから言えること。気をつけられるなら気をつけて。の気持ちです。

QOL「出来うる限りの人間らしい生活」になれるようにも努力してきました。
その気持ちが合ったから、毎日リハビリを手伝ってきました。
ただ、それも、結果は上の通りです。それが現実です。

父の望みは今でも働いて大黒柱としてのプライドを保ちたいということ。
わかっています。上の状況を勘案して出来る限りの知恵を使って思案し続けています。

倒れて約2年半。いまだに言いたいことは言えません。
奇跡的に何らかの突然変異で話せるようになるかもしれませんが、
そんな期待以外ありません。それが、約2年半を経た正直な気持ちです。

でも、家族の絆は強くなったようにも思います。
勝手に絆は強くなりませんが、誠実に対処し続けること。
私だけなら、以前のように信用されないままだったかもしれませんが、
病院の先生や看護士の方々など見てくださっている方がその誠意に気付いてくだされば、
長いものに巻かれろ的な父も、多少は変わることが出来ました。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

::今後に関して不安を抱かれている同じ立場の方々へ::
正直、安心してくださいなんて言えません。
これが私の家の現状。そして現実。2年半の軌跡です。

ただ、どんな状況になっても、どんな状況であっても
結局、胸を張って前向きに、そして何よりも誠実に生きることが解決策!
と今も思っています。

今、特に不安を抱えられている方々に、後遺症について悩まれてる方々に
書くべきことじゃなかったのかもしれませんが、
私から言えることは、どんな状況になっても、どんな結果が待っていても
誠実に生きていれば納得できるし、
不誠実な行動を取れば、後悔が残るということです。


これからも私も全力で家庭のことに取り組んでいきます。
心配されてらっしゃる方も前向きに一緒にがんばって生きましょう。
posted by fooca at 20:40| Comment(48) | TrackBack(0) | 2008年秋の介護日記

2008年11月08日

何らかの形の脳の中の突然変異を望んで、しばし、話すリハビリに特化

最近、また食事の際に父がむせることがあります。
ずっと調子良かったのですが、また、嚥下機能が低下してる??
歩くリハビリや外出は大好きな父ですが
話すリハビリや書くリハビリは大嫌いな父。

その話したり書いたりするのが嫌なのは、
うまくいかずにプライドが傷つくからだと思うのですが、
やっぱりそうしないと、頭の中の突然変異は起きないかも!?

そんな中で、嫌がる父を目の前にどうしても、
結局、歩くリハビリ中心になってました。。
でもそうなると、嚥下機能も悪くなるかも。。
そこで、否が応でも話すリハビリに特化しようと(笑)。

母は今でも不思議がりますが、子供がいろんな言葉を覚えるのと違って
知っているけど話せないというのは、
おそらく、そういう部分が欠如しているからかなっと思っています。

だから、普通じゃ良くならない。順序だててやっても良くならない。
もう、家に帰ってきてから2年弱。そう思っています。

シナプス結合じゃないけど、何らかの形の脳の中の突然変異を待つしか。。



私:天井はどこ? 父:指差す。 私:そこは何? 父:。。。
私:そこは天井。 てんじょう 一緒に、てんじょう

私:この部屋に時計があると思うけど、時計はどこ? 父:指差す。
私:それは何? 父:。。。 私:それは時計。とけい…

部屋にあるテレビ、トイレ、カレンダー、帽子、ジャンパー、ズボン、
スリッパ、毛布、杖、お母さん、ふすま、新聞などなど

こんな感じのやりとりを延々と。途中で嫌になってきてるなって思ったら、
歩くリハビリに切り替えて、歩いている最中に、話しかけます。

カレンダーはどれ?って聞くと、カレンダーを指差します。
父は言葉をきちんと理解してるんですね。でも、それを言葉に出していえない。
しまいに「何でやろうな。わかってんにゃけど。。」って言います。

でも、そんなことを繰り返してるうちに、
ちょっとだけろれつが良くなった?気がします。
「お父さん、ちょっとしゃべれるようになったって思わない?」と聞くと
父もうなずきました。だったら、やり続けるしかないね。って。

父が嫌がっているのはわかってますが、褒めたり、気分転換を図ったりしながら、
今しばらくは、話すリハビリに特化しています。

何らかの変化があればいいのですが。。


過去の関連記事
嚥下機能としゃべるリハビリ
小脳モデルとシナプス結合
posted by fooca at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年秋の介護日記

2008年11月04日

秋の散策も、もうそろそろ終わりに近づいて。

二条城に行ってきました。
少しずつですが、からへと移り変わっていく。
そんな気がします。

二条城は障害者手帳をお持ちなら介護者も含めて入城料無料に。
また、京都市民で敬老乗車証をお持ちの方も無料になります。
(参照二条城のご案内
なので、父と母と私(介護者)で行ってきました。
※通常なら、大人1人600円です。

無料で入城しているので、観光のようにせっせと回ることもなく、
ゆったりと緑をめでるように散策しました。



障害者用のトイレは二条城の北東にひとつと
清流園という二条城の真北より
ちょっと東より?くらいのところにありました。
他にもあったかもしれませんが、とりあえずその二つ確認。

二の丸御殿に入るには、
城内用の車椅子をお借りして乗り換えて進みます。
「どうされますか」と聞かれましたが、単に散策しに来ただけなので、
今回は辞めときました。

私は京都市立堀川高校出身なので、
冬になると二条ラン(にじょらん)と言って、体育の授業は
二条城の外周を走ることがあります。
慣れ親しんだ二条城。
でも、二条城の中に入ったのは、芸術系の大学に通っていた姉に
デッサンを教わるとき以来。

その後、通っていた美術の専門塾の先生に
センスないから辞めておいたほうがいいといわれることに。。
それは当たっていたかも。好きとうまいは違うから。
姉はその後、西陣織の帯屋さんの研究所員(デザイナー)になりました。

そんな昔話を思い出しながら、
ゆったりと散策。そして、帰りに堀川商店街に。
さっさと帰る予定でしたが、母がしんどいといいながら、
ちょっと楽しそうに寄りたいと。
いろいろ買い物をして帰ります。

もうそろそろ、寒くなってきたので、散策もそろそろ終わりかな。
今年の秋は御所や明倫小学校や二条城内に行けてよかったね。
お父さん。ちょっと、いろいろ回れてよかったねお母さん。

そろそろ冬支度しなくっちゃ。
posted by fooca at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年秋の介護日記

2008年11月02日

120m20分。時速0.36km

外で歩くリハビリをすることも多くなりました。
お寺の境内をお借りすることも多かったのですが、
今日は街中を歩くことに。

途中で疲れたら大変なので、空の車いすを押しながら父の歩く様子を見ます。
「もっと右足をしっかり上げないとこけるよ」
「うん」
そんなやり取りの中、黙々と歩く父。



手押し車のお婆さんにも抜かれて、
ちょっとムッとした表情した父が楽しかった。
「疲れた?」話せないけど「まだ行ける」そうです。
続けていきます。
気が付けば、下にいるありさんにも抜かれそう。

なんとか、予定していた場所まで移動完了。
時間はなんと20分。距離は120mですが、20分もウォーキングしました。
考えてみたら、しんどい話ですよね。
なかなか歩けるようになったかなって思います。

でも、三点歩行では、このペース(時速0.36km)が限界かなあ。
父にも言っているのですが、母と買い物に行くにはせめて時速2kmにはならないと。
以前に書きました3点歩行と2点歩行
二点歩行できる?というと任せとけみたいな表情。
しかし今でも、練習すると左手の杖と右足を同時に前に出せない。。

足腰は徐々に丈夫になってきているので、
車いすではなく、なんとか歩いて
両親で元のようにお買い物にいけるようになれば
と思ってます。
posted by fooca at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年秋の介護日記

2008年10月29日

車椅子でのお散歩に欠かせない車椅子用トイレの場所

ちょっとずつ、季節は移り変わって、なんとなく肌寒くなってきました。
この秋は、家のご近所をお散歩するだけじゃなく、
ちょっと遠出して京都御苑京都芸術センターにも行ってきました。

そんな車椅子でのお散歩で欠かせないのが車椅子用トイレの場所!
先に把握しておかないと大変なことに。

御所からの帰りのときなんて、実は本当に大変でした(笑)。
御苑内でようやく見つけて用を足した後、
普通に家に帰ってるだけなのに、
家と御所の中間点くらいで父がもぞもぞ。
「まっ、まさかトイレ?」と聞くとうなずいてしまいました。。

それから、母にゆっくり帰ってきてと告げて、急いで暴走車いすに!?
家にたどり着き、ポータブルトイレへまっしぐら。
う〜ん。たっぷり出てました(笑)。大のほうでした。。



そんなことがたびたびあるので、
ご近所でお借りできる車いす用のトイレは把握していましたが、
京都の車いす用のトイレマップがあるじゃないですか♪

京都のボランティアとNPOのためのポータルサイト
i-Ten-Labo<アイテンラボ>さんに!!


これからの遠出には、アイテンラボさんの
トイトイトイレットを見てから出かけよっと♪
京都市内の方!とっても便利ですよ。ほんと、お勧めです。
posted by fooca at 10:13| Comment(3) | TrackBack(0) | 2008年秋の介護日記

2008年10月26日

おじゃみで遊んでみました。

雨降りですることないので、押入れを掃除していたら、
おじゃみが出てきたので遊んでみました。

左手しか使えない父に合わせて、
母と私も利き手は使わず、反対の手で。

順番に投げ合ってつかんでいきました。
意外と両親とも上手。私のほうが落としてしまいました。

次に、上に投げて上から掴む。
私は両手とも普通に出来ましたが、
母は利き手はうまかったのですが、左手では難しいって。

父は?
意外と上手。ちょっと「ふふん!」って感じでお得意な表情に。



次はティッシュペーパー落とし。
ティッシュペーパーを8分の1くらいの大きさに切って
頭の上くらいから落とします。それを落とした手で掴むだけ。

これがまた難しい。私と母は何度も失敗。
それで、父は、案外上手にうまく掴みます。反射神経も良いみたい。
さらにしたり顔に。


最近、字を書く練習で凹んでた父でしたが、ちょっと機嫌よさそうです。
posted by fooca at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008年秋の介護日記
大人のお洒落情報 0107 オシャレカタログ