2008年07月22日

命だけは大丈夫

その日はしんどくて早く寝てました。
夜の12時前、部屋の電話の子機から内線が鳴りました。
たった1回。

夢?じゃないよね。確かに鳴った気がする。
胸騒ぎ。とりあえず降りてみよう。

そして、両親の寝室に開けると。


呆然としている母の横に
大きく目を開いて上を見て、赤紫色の顔色になっている父が
ピチピチ魚が跳ねるかのようになってました。


その光景は2日前に夢で見た光景と同じでした。
その瞬間、「命だけは大丈夫」という声が聴こえた気がします。
気のせいかもしれないけれど。

その声で我に返って、「母にすぐ着替えて、私も着替えてくるから」と言って
着替えに自室に戻りました。

着替えて両親の寝室に戻って、すぐに119番。
「どうしましたか?」との問いかけに「父が倒れました。」
「どのような症状ですか?」と言われ、
救急車が必要な状況かどうかも聞かれた気がします。
じれったいので「意識なくピチピチ跳ねてます」と答えた。

それから数分後、救急車がやってきた。
大きな父はタンカに乗せられず、毛布ごと3人がかりで運ばれていきました。
そして、救急車の中で病院探し。
十数分、ずっと家の前だった気がします。
ようやく決まって第二日赤(京都第二赤十字病院)に向かいますと言われ、走り出す。

救急車はとてもクッションが悪くお尻が痛くなるほどでした。
後で知ったのですが、当時、丸太町通りは工事でガタガタだったので、その上を通ったみたいです。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

消防の方々に大変感謝しています。
そのときはすぐに病院へ運んでくれるものと思ってましたが、
時代が時代、搬送先が決まらないのはどこもいっしょのようですから。
また、救急車も用がなくても呼ばれることもあるとか。
だから、本当に必要の有無を聞かれたのかもしれません。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

母に後に私が降りるまでの様子を聞いたのですが、
はじめに父がトイレに行こうとしたらしく、
「起きられない、起きられない」とじたばたした声を聞いて母が起きたらしいです。
その後、下のバケツを持ってきて、寝たままトイレをさしてあげたあと、
内線の子機を鳴らし、トイレに捨ててきて戻ってきたところだったらしいです。
そのときには、父はピチピチお魚のように跳ねている状態になっていて
そこに私が来たらしいです。
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救急車が到着して

病院に到着後、すぐに父は運ばれていきました。
その前のソファでずっと待ちます。

母と二人、ずっと無言が続きました。



ペットボトルを持ってきてたので、二人とも水をがぶ飲み。
飲んでも飲んでも喉の渇きが止まりません。

そうこうしているうちに、父が病室から出てきて運ばれていきます。
そして、また戻ってきました。

看護士の方が説明に来てくださいます。
「今、CTスキャンを撮りました。1時間後に出血が拡大してなければひとまず安心です」
というような内容でした。
また、非番の脳神経外科の先生に連絡と連絡が取れたので
まもなく来られるとのことでした。

また、母と無言の時間。

1時間後、父が病室から運ばれていき、また、戻ってきました。

看護士の方が「出血は止まっているようです」とのことでした。
このあと、救急救命センター(第二日赤A棟)4階ICU(集中治療室)に運ばれていきました。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

そして、脳神経外科の先生(小坂先生)から
「今のところ命に別状はないです。」そして、スキャン画像を見せてくださりながら
「左脳の中程度の脳内出血です。」ということで、
「将来的に、右半身不随、失語症の後遺症が残ります。」ということでした。
そして、「合併症の危険もありますので、その場合は、命にかかわることがあります」
ということでした。

とても誠実に、わかりやすくご説明いただき、安心感と今後について考えることができました。
看護士のセンター横の部屋に父が寝てました。大きな部屋です。
ドラマのようにモニターがあって、心拍数やらなんやらが出てました。

気が付くと午前4時。
母は、ずっと父のそばにいると言いましたが、
先生が命に別状はないとおっしゃってくださったので、
今後の準備のため、帰ることにしました。
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家に帰って

とりあえず、寝ました。
もちろん、寝付けません。でも、この後、もっと忙しくなるだろうから。

母も寝れないようでした。朝7時、嫁いだ姉に電話で連絡します。
はじめにだんなさんが出られて、姉につないでもらいました。
父が倒れた旨、脳内出血で後遺症が残る旨、とりあえずは命は大丈夫なことなどを告げました。

それから、また、病院に行く準備をします。
そこで、病院から電話があって、10時半に来てください。とのことでした。
行くと、先生から手術などの説明と同意書などの説明がなされ、
これから必要なもの、寝巻きなどの説明がありました。


父の病室に行くと姉が来てくれました。
そこで、姉が号泣。
母と私はそれまで涙をこらえていたので、
その姿で、それまでの我慢が吹っ飛びそうな気分になりましたが、泣いている場合じゃないので、
病室を後にして、パジャマはありますが、前開きの寝巻きは家にないので
必要なものを買いに行きました。
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頭に穴を開けて血を抜き取る手術

脳内出血の血は3ヶ月ほどで体内に吸収されるそうですが、
後遺症を出来るだけ残さないようにするには、早く血を抜いたほうがいい
とのことで、頭に穴を開けて血を抜き取る手術をしてくださることになりました。

ベッド上で頭が固定され、穴を開ける部分だけ毛が剃られました。
そして、ベッドごと手術室へ。

先生は大丈夫とおっしゃっていただきましたが、待合室で待っている間はドキドキ。
手術時間も予定を大幅に超えていました。大丈夫だろうか?

その後、手術室からベッドが運び出されました。
先生のそのときの笑顔で一安心。



頭から管が出ていて、血が出ていました。
先生の説明では、血を溶かす溶液が入っていて、血を抜いている状態とのことでした。
痛々しいけど、早く回復してほしいので良かったと思いました。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

その直後、親戚の叔父がやってきて
昔、高校球児でものすごくしっかりした叔父なのですが、
頭から血が出ている姿にびびられてるのを見て、不謹慎ながらちょっと笑ってしまいました。
posted by fooca at 20:28| Comment(15) | TrackBack(0) | 救急救命病棟

鼻から牛乳ならぬ喉から呼吸

その後の経過は良かったのですが、よく熱を出していました。
呼びかけにようやく反応するのですが、動けるところまでは行かず。

父には、ネットで調べた脳内出血の話をしました。
「お父さんは左の脳の中で出血して倒れたんだよ。脳内出血、昔の言葉で脳卒中の一種。
命は大丈夫だって。だから頑張って。残念ながら後遺症は残るみたいだけど、
いろんな方の体験記を読んでると、失語症の方もしゃべれるようになったという方もいらっしゃるし
心配しないで。家のことも大丈夫だし。とにかく、よくなろうと思って。
毎日、必ず来てるしね。」呼びかけながら左手を握ると、握り返してきます。
話にもうなずきます。

でも、熱が出て痰もかなり出ているようで、1時間に1回は吸引していただいてました。
舌根沈下もあるみたいで、苦しそうで。肺炎など合併症が心配でした。

先生もそう思われていたみたいで、
喉を切開して気道の確保が行われました。それに伴い、
茶漉しの取っ手を取ったものを用意してくださいと言われ、
茶漉しを買いに行って取っ手をペンチで取ってもって行きました。
茶漉しの両側にひもを通してくださって茶漉しにぬれたガーゼをつけ、
切開した喉にあてます。

痰の吸引も口からではなくて喉から行うようになりました。
posted by fooca at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 救急救命病棟

倒れてから2週間ほど経って

容態もかなり安定してきたので、専門病棟に移ります。
第二日赤C棟4階。
意識はあるようだけど、まだ、わかってるのかどうなのか。。。
体も動かせる雰囲気じゃないし。

毎日、洗濯物を取替えに行って、オムツと尿とりパッドを持って通う日々。
家の中もくちゃくちゃです。

でも、とりあえずはもう、かなり安心なのかな。
ちょっと、緊張が解けた気がしました。
posted by fooca at 20:22| Comment(6) | TrackBack(0) | 救急救命病棟
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