2020年11月27日

お父さん、ありがとう。

最後に、私の父の自慢をさせてください。

2013年までは、比較的順調で、
しっかり食べて、しっかり運動して、しっかり寝るという形で
脳内出血の後遺症はあっても、健康だったのですが、
咳ぜんそくがひどくなり、そこからいろいろと変わっていきました。

このブログも、それまでは、あちこち車いすを押して
お散歩していることを書いていました。
その後、あまり更新できなくなったのは、介護自体が大変になっていったためです。



父の咳がひどくなりだしたのは、2012年あたりから。
それまで、訪問医療の先生にずっと相談していたのですが、
悪いところはないということで、治療薬はなかったんですね。

父の咳ぜんそくは、夜間もずっと咳が続き、
父がしんどいのはもちろんですが、
聞こえている私たちも精神的に参りました。
2013年末から、もう何とかしないといけないと思って病院を探し、
アドエアのおかげで、徐々にまっしになって助かりましたが、
翌年2014年末、類天疱瘡になり、ステロイドでの治療が始まりました。

易感染症に両腕の皮膚剥離、白内障、糖尿病、中心性肥満…。
ステロイドの副作用で、数々の病気をしました。


腎盂炎が2回以上、急性前立腺炎が1回、普通の肺炎が1回以上、
間質性肺炎が1回、気胸が1回…。そして今回の誤嚥性肺炎が1回。。
在宅酸素療法も2018年10月からで2年が経過していました。
〇〇以上となっているのは、入院だけでなく、
家での点滴で治ったものを含んでいるからですが、
こんなにも、何度も入院し、病気になり、
苦しい思いをし、半身不随の痛みや苦痛に耐えて生きてくれました。

類天疱瘡になるまでは、
車いすに乗って、御所や二条城、鴨川、北野天満宮、平野神社…
あちこちに行きました。
また、大人の塗り絵をいっぱい描きました。

でも、類天疱瘡なってステロイドの副作用が出てからは、
易感染症で外出での感染を避け(主に車いす用のトイレ)、
白内障で大人の塗り絵を描けないだけでなく、
テレビも見えなくなり、好きだった大相撲観戦も見なくなり、
テレビが付いているだけで目を隠すしぐさをしたり。。
家族もテレビを見れなくなった時期がありました。

そこで、昭和歌謡や落語をよく聞いたりするようになりましたが、
ネタも尽きて飽きてしまいました。。
阿波踊りや三味線や都おどりなども一時期、気に入ってくれましたが、
ずっと同じものを見るわけにもいかず。。

また、ステロイドの副作用で、腕の皮膚が弱くなり、
入院のたびに皮膚剥離で痛い目に合っています。
今回は両腕の肘から手首までずる向けましたと主治医の先生から言われました。

2018年以降、二度と入院したくない。家で看取ってほしい
父が言っていましたが、
39.9度の熱で、まだまだ体力があり、帰って来れると思って救急車を呼びました。
残念ながら、
カエルさんは、お家に帰るじゃなく、天国に帰る形に働いてくれたようですが。。



私にとって14年の介護生活でしたが、
父にとってそれは、大変な痛みと苦しみとの戦いだったと思います。

家族のために、一生懸命、生きてくれたんだなっと。
一生懸命、ご飯を食べ、一生懸命、リハビリをしてくれたんだなと。


ずっと、14年間、毎朝ほぼ欠かさずリハビリを手伝いました。
その時々の状況に応じてリハビリのメニューを考え、
体力が徐々に落ちてきているのも、酸素の数値が徐々に落ちてきているのも、
勘案しながら、できる限り最大限の力を発揮して
現状維持できるようにお互い頑張りました。

少し頑張りすぎたかな…、もし熱が37度台後半だったら、
家で看取ってあげられたのに…
そんなふうにも思ったりしますが、
家族には、手を抜くということはできなかったのです。

そんな家族のために、最大限、頑張ってくれた父。
家族のために生きてくれた父は、私にとって自慢の父です。

そして、ただただ、ありがとう。


本当は、お葬式のときに、そういう話をしたかったのですが、
残念ながら親戚は、父がいいときの話しかせず、聞いてくれそうになかったので、
思わず書いてしましました。

それもひっくるめて、
父の誠実さを感じ、家族に寄り添ってくれたことを感謝しています。



このブログはここで終わりますが、当面はこのまま残す予定です。

これまで読んでくださった方、ありがとうございました。
最後で恐縮ですが、
読んでくださった方々に幸が訪れますことをお祈り申し上げます。
posted by fooca at 19:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2013年以降の記録

今月6日、父が亡くなりました。

このブログも近年は2年に1回程度の更新ぐらいになっていましたが、
ふと、横の新着記事に目をやると
(11/05)久々に京都御苑の中を散策してきました
なんて出てきますね。
見れば2013年11月05日なんですよね。

どれだけ、あんまり更新していなかったかがよくわかります。
それまでにずっと読んでくださっていた方々、すみません。


さて、前回に書いたのは2020年06月14日の
父が脳内出血で倒れて14年以上が経ちました。
なのですが、その後も9月下旬までは変わらずにいました。

2018年09月の気胸で入院して以来、2年も入院がなかったのですが。。

ある日の昼食時、
いつものように父が、口の中いっぱいにご飯を食べてたんですね。
(本当は少しずつ食べないとダメなんですが…)
ずっとがつがつ食べる人だったので、注意もそこそこしかしてませんでした。

食事も終わりころに、くしゃみをするんです。
口の中いっぱいの食べ物は、テーブルの上にばらまかれました。
私はその掃除に気を取られてたのですが、
くしゃみは、立て続けに3回します。
それも、「すぅー」っと思いっきり吸い込んでは…。


「アドエアよりも吸えたんじゃない?」と思うほどでした。

そう、それが原因で誤嚥性肺炎になり、熱が39.9度も出てしまったのです。
訪問医療の先生に点滴して頂きましたが、
熱でしんどそうな父、
しかも、口を開けることもできず(開けることがわからなくなってる?)、
水分を取ることもできず。。



●入院 そして…。
それで救急車を呼んで、入院となりました。

ここで問題が。
新型コロナウイルスの関係で、
入院直後から、もう二度と父に会うことができなくなってしまいました。
今はコロナの人じゃなくても、すべての人が面会禁止なんですね。

忘れてました。。。

しかも、誤嚥性肺炎の入院って絶飲食らしいですね。
主治医の先生のお話では誤嚥性肺炎自体は1週間ほどで治ったそうですが、
食べる行為を忘れてしまい、
食べるリハビリをすると、口から出してしまうところから始まったそうです。
舌でつぶせる程度の食べ物までなんとかたどり着いた(入院から1か月)ところで、
リハビリ転院となりました。

その転院当日、もう一度、高熱が出たと言われたのですが、そのまま転院。
リハビリ病院で調べて頂くと「細菌性肺炎」とのことだったのですが、
それが原因となり、これまでの間質性肺炎の急性増悪が起こってしまったようです。
ただ、それも特に重篤ではなかったようで、
亡くなる日(11月6日金曜日)の午前中までリハビリをしていたそうです。
昼からほんの少し(30分程度)の間に急変し、息を引き取っていたようです。

死因は間質性肺炎の急性増悪ということになりました。
ただ、看護婦さんも主治医さんも、急変は30分以内だと思うので、
苦しい時間も短かったと思います、とのことでした。




●きずな
先にも書きましたが、新型コロナの影響で面会禁止で。
ずっと会えない状態でした。
これまで、入院の時は、ほぼ毎日通って励ましていたのですが、それもできず。

失語症で失行で、携帯電話という手も全く不可能な父なので、
どうしたらいいか途方にくれました。

そこで、14年前から入院時に出動してもらっていた「カエルさんのぬいぐるみ」
今回は救急で入院したときに持って行ってなかったので、
14年前の脳内出血のときから「お家に帰れるようにという願いを込めたカエル」
ということで看護婦さんにお手紙と共に手渡すと、
ずっと父の腕に巻いていてくれてたそうです。

(両手両足が長いカエルさんのぬいぐるみなので、腕に巻けます)

転院時、寝台車のタクシーだったので、
タクシーの運転手の方がタクシーの準備をしている僅か1分だけ、話ができました。
それが私にとって最後の父になるのですが、話せて助かりました。
くしゃみによる誤嚥性肺炎だったことを説明したうえで、
「食べる行為ができにくくなってるということらしいけど、
もう食べるの嫌になってる?」 父:首を横に振る。
「しっかり、リハビリして食べられるようになって帰ってこれる?」
 父:首を縦に振る。
「じゃあ、頑張ってきてね」

これだけでした。

リハビリ転院後もカエルのエピソードを転院先の看護婦さんにお手紙でお話しし、
同じようにしてくださっていました。

さらに亡くなる前日、父へのメッセージカードを書いたので、
と言って看護婦さんに渡すと、ベッドサイドに貼ってくださっていました。
「お父さん、頑張って (カエルの絵)」


電話がかかってきて、母と急いで行ったのですが、
やっと会えたのですが、冷たくなったお父さんがいました。
腕にはカエルさん。顔の横には私のメッセージカードが。


ずっと会えなかったけど、たぶん、気持ちは一緒だったと思います。
posted by fooca at 19:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2013年以降の記録

2020年06月14日

父が脳内出血で倒れて14年以上が経ちました。

また、2年おきの更新です(笑)。
2年前は腎盂炎で入院中だったんですねぇ。

その年(2018年)の秋(9月)に、気胸で第二日赤に入院するんですが、
右肺が1/3くらいまでつぶれていて、どうなるかと思いました。
歳も歳だし、空気を抜くのはリスクがあるとして、
そのまま状態観察の入院でした。
結局、1週間ほどで、少し回復し、退院となるんですが、
その後は一度も入院せずに、現在に至ります。

去年2019年のはじめからは、ポータブルトイレから自力で立てず、
2019年夏から夜間は尿取りパッド内で済ませてもらうことにしました。
それまで、夜間に2時間おきに起こして(父は怒りますが)
ポータブルに座らせてトイレさせていましたが、
こちらの体がもたなくなったためです。

母もそのころ、それを手伝っていたのですが、
父に尿取りパッドをつけて夜間の心配がなくなると、
母が少しボケてきて、要支援1くらいなるかなと思って要介護認定を受けると、
要介護1となり、びっくりしました。


2019年夏からは両親とも要介護となっています。
父は要介護5、母は要介護1。

父は、さらに指で測る酸素が悪くなり(間質性肺炎の影響)、
2018年10月から在宅酸素療法になりました。
現在、普段は1リットル、運動やお風呂など体を動かすときは2.5リットル。
また、白内障で見えないということや、
耳も遠くなってしまったため、表情も乏しくなり、
パーキンソン症候群になってしまいましたが、
今まで同様の生活をなんとかやっています。

前回の記事で書き忘れていましたが、
2018年1月から自宅での入浴が難しくなり、訪問入浴を利用しています。


2018年1月 訪問入浴利用開始
2018年5月 腎盂炎で入院
2018年9月 気胸で入院
2018年10月 在宅酸素療法開始

2019年7月 パーキンソン症候群といわれる
2019年8月 腎盂炎?で自宅にて抗生剤投薬
2020年4月 尿路感染?で抗生剤投薬(ゆるい抗生剤でぶり返し…
2020年5月 もう一度抗生剤(強い)投薬 


新型コロナウイルスの影響で、
熱が出ると大変でしたが(いろいろ先生が勘繰るため)、
尿路感染での熱だったと思っています。
おしっこが強力に臭くなり、血尿が出たりしたため。


また、こうやって記事をかける日が続くことを願っています。




ちなみに、今日、コメントをいただいて、ブログのことを思い出しました。
コメントを頂いた方、ありがとうございました。
posted by fooca at 16:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2013年以降の記録

2018年05月11日

2006年5月に脳内出血で倒れて12年が経ちました。

前回の記事も2006年5月に父が倒れて10年の歳月が経ちました。と、
何か、2年おきの5月更新になってしまってすみません。

現在、父は腎盂炎でまた入院中。
熱やCRPが上がったり下がったりを繰り返し、入院期間が延びていますが、
もう少ししたら、また自宅に戻ってくれると信じています。

2006年に72歳で脳内出血で倒れ、右半身不随、失語症、失行になった父も、
現在は84歳。12年も障害と闘ってくれました。
この先も、できるだけ長生きしてほしいと願っています。


ただ、2015年1月に類天疱瘡になって以来、
高齢者に増えている薬疹!?皮膚病 類天疱瘡(るいてんぽうそう)とは?
ステロイドを使っているので、本当に数々の感染症になってしまいました。

2015年11月 肺炎(自宅点滴)
2016年4月 急性前立腺炎(入院)
2016年9月 膀胱炎と腎盂炎(自宅点滴)
2017年4月 肺炎(入院)
2017年12月 間質性肺炎(入院)
2017年12月 低ナトリウム血症と肺炎(入院)
2018年4月〜 腎盂炎(自宅点滴でだめで、入院)

間質性肺炎は膠原病などの自己免疫疾患がある人がなりやすいらしいですが、
先生曰く、類天疱瘡も自己免疫疾患なので、それが遠因じゃないかとのことでした。

2017年12月の間質性肺炎での退院後、
足がむくんで風邪をひき、立ち座りできず次の入院まで全介助。
2017年12月末の低ナトリウム血症は1月中旬まで入院し、
足腰が弱って、自宅でのポータブルトイレの立ち座りが難しく、全介助の日々も約1か月。
夜間の介助はその後寝れなくなり、睡眠不足がずっと続き、大変でした。

今、また入院していて長くなってしまっているので、同じような状況になるのかなと…。

ただ、12年も頑張って生きてくれた父を
最後までちゃんと見れたらと私も頑張ろうと思っています。


感染症予防はなかなか大変だったりしますが、
徹底して消毒を心掛けるしかないのかなと思っています。


このブログを読んでくださっている方は、
おそらく、同じような境遇の方々だと思います。

新たな出来事があると、
毎回、新人状態なので、訪看さんやリハビリの先生などに伺ったり、
ネットで調べて対処策を練られてることと思います。


痛々しい姿や、痛みに顔を歪ましてる姿を見るのはつらいですが、
最後は家で迎えたいらしい父ですが、父がまだ頑張ろうとしているので、
私もできる限り、介護し続けるつもりです。


また、記事が書ける日々が続けばいいなと思っています。
読んでくださりありがとうございました。
posted by fooca at 11:40 | Comment(5) | TrackBack(0) | 2013年以降の記録

2016年05月14日

2006年5月に父が倒れて10年の歳月が経ちました。

めったにブログを更新しないので、
ブログの更新の仕方も忘れちゃってました…。

82歳の父は脳内出血で倒れてこの5月で丸10年。
なんとか自宅で今も一緒に暮らせていることに感謝しています。


前回書いたのが、2016年1月。
その前の2015年11月〜12月は父が肺炎になったりしましたが、
2016年も春から大変でした。


2016年3月
まずは同い年の母が、3月に腹痛を訴え、
救急センターに連絡して姉に連れて行ってもらうと、
感染性肝嚢胞でそのまま母は入院することに。

約2週間、父と私の二人暮らしになり、
その間、母の入院中の洗濯物も含め、病院通いもありました。

その後、違う場所の腹痛はあるものの、最初の腹痛の部分は快癒し、
違う部分の腹痛もその後しばらくして治った様子でしたが、
一応、ずっと検査(腹部エコー、MRCP、CTスキャン、血液検査)が続いている状態です。


2016年4月
とある日曜日、今度は父が、朝から会陰あたりが気持ち悪いとジェスチャー。
最初は痔にでもなったのでは?と思い、
明日になったら訪問医療の先生に連絡するからとしてたのですが、
夕方にトイレを10分おきにするようになり、
しかも、おしっこが出ないにもかかわらず立ったり座ったりを繰り返すように。

熱を測ると38.3℃。
まずいなーと思いながら救急センターに連絡して連れて行くと、
急性前立腺炎(炎症反応:15.71→2週間後は0.14)ということで、父が入院することに。

今度は母と二人暮らしになりながら、病院通い。

4日ほど抗生物質の点滴と尿道カテーテル生活でしたが、
その後、取り外されました。
でも、トイレが一人で出来ず、なんどかおもらしの後、最終的におむつに。
退院は1週間で出来たのですが、
家に帰ってきても、しばらくはおもらししてしまい、
また、トイレから立ち上がる筋力もなくなっていました。

徐々にリハビリをして1週間で元通りの生活には戻りましたが、
リハビリで歩ける量はさらに減ってしまいました。

やっぱり、入院すると、足腰が本当に弱っちゃいます。
今はリハビリの先生と相談しながら、様子見状態です。


こんな状態ですが、類天疱瘡の方は、抗BP180抗体がほぼ正常値(9未満)に近い10.8に。
ただ、退院直後ということで、ステロイド量はそのままになっています。
高齢者に増えている薬疹!?皮膚病 類天疱瘡(るいてんぽうそう)とは? - NAVER まとめ

類天疱瘡の治療のため、飲んでいるステロイド。
救急センターの先生が仰ってましたが、やはり感染症になりやすいと。
なので減らしたいのですが、なかなか難しいようです。


2016年5月
こんな感じで、どたばたした春でしたが、
父が脳内出血で倒れて丸10年を自宅で迎えることが出来ました。

この先も、年齢や体力から、いろいろ難しいことがあるかもしれませんが、
できるだけ、早く対処して最善を尽くせるよう心がけていくつもりです。
posted by fooca at 16:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | 2013年以降の記録

2016年01月03日

自宅介護生活も10年目。

あけましておめでとうございます。


Sunrise / Always Shooting


2006年12月25日にリハビリ病院から帰ってきて、
早いもので、もう丸9年が経過しました。10年目突入です。

去年の秋冬はちょっといろんなことがあって、冷や冷やしましたが、
2015年秋冬の出来事 皮膚剥離、ひざ痛、風邪、肺炎
今年も家族仲良く暮らせたらと思っています。

ちょっとこの9年を振り返ってみると…。

自宅介護が始まった2006年当時、父は72歳でした。
始めは、ベッドから起き上がってポータブルトイレに座ることもできなかったんですが、
※もちろん、リハビリ病院では何度も練習して頂いたんですが、無理でした。
帰って2か月ほどで自力でベッドから起き上がり、トイレが出来るように。
そのおかげで、夜にトイレのために起こすということがなくなり、
家族の負担は大きく減りました。父の努力に感謝です。

元気な父のおかげで、歩くリハビリや話すリハビリも積極的に行い、
よく外に車いすで連れ出すようになりました。

外の空気を吸って景色を眺めると、また、気分がいいですしね。

ただ、車いすでお外に出るとき、
いろんな注意点があるので、私の経験も踏まえてまとめを作りました。
介護 外出するとき、車椅子での介助時の注意点 - NAVER まとめ

ちょっと古いですが、京都観光のバリアフリー情報も。
京都観光バリアフリー情報まとめ 車いす用トイレ情報など - NAVER まとめ
残念ながら家から遠いところには行けておらず、
父を連れて行った先は御所と二条城だけでしたが。


Wheelchair Unfriendly Minibus Stop / kamshots



また、自宅での趣味にと、大人の塗り絵を描くように。
大人の塗り絵 無料でダウンロードできる!大人の塗り絵リンク集【介護のお供に】 - NAVER まとめ

2007年〜2013年までは、比較的安定した状態でした。

ただ、80歳手前の2013年秋からは徐々に咳き込みがひどくなり、
リハビリ量も咳に伴い、できにくくなっていきました。

2013年年末〜2014年初頭にかけて
専門の呼吸器内科でわかったのが、咳ぜんそく
長引く咳は咳ぜんそくの可能性!放置すると… 本格的な気管支喘息になる場合も - NAVER まとめ

大人の塗り絵も、父が凝り性でいったん描きだすと止まらないんですね。
こちらが言っても、こっそり描いたり。
それで、根を詰めてさらに咳が悪化することになるので、
結局、今は塗り絵を中止しています。

そんなこんなでアドエア500も処方されて、
徐々に咳は収まりつつありましたが、
決して「もう大丈夫」というほどにはならず、ずっと今も朝晩吸い続けています。


咳ぜんそくになると、ちょっとした食事でもひっかけやすくなるんですよね。
そこで、いろいろネットで調べてまとめたのが、
高齢者介護 食事時の「むせる」「ひっかける」をなくす食事時の注意点 - NAVER まとめ

ただ、座布団やクッションを車いすの後ろに入れて、
前かがみになるようにしてもらおうとすると、とても嫌がるので、
いつも前かがみになるように様子を見ながらの食事になっています。

現在はあまりひっかけにくくなっています。なぜかはわかりませんが。



2014年年末〜2015年初頭にかけて今度は湿疹が。
それがどんどんひどくなり、専門の皮膚科に。そして第二日赤の皮膚科へ。
結果は類天疱瘡(るいてんぽうそう)ということでした。
高齢者に増えている薬疹!?皮膚病 類天疱瘡(るいてんぽうそう)とは? - NAVER まとめ

これがまた、ステロイドを大量に飲むことになるので、
そのステロイドの副作用が問題になるんですね。
ステロイドの副作用ってどんなものがあるの? - NAVER まとめ

太って丸くなったり(ムーンフェイスやバッファロー肩など)だけでなく、
感染症にもなりやすくなったり、皮膚が弱くなったり。。

その結果、2015年秋口からは連続していろんなことが起こりました。
09月中旬 皮膚剥離 ← 老人性紫斑(ステロイド紫斑?)部分の剥離
10月中旬 右ひざ膝折れ(膝関節変形症) → 右ひざを固定する装具完成
11月初旬 風邪 → 肺炎の原因?
11月下旬 坐骨神経痛? → そのうち治った。
11月下旬 肺炎 → 約15日間ほどでおおよそ治った様子。

その結果、歩くリハビリはほとんどできなくなり、
ベッド前を少し回るので精いっぱいに。


特に肺炎は自宅で点滴をして頂いての生活になり、
どうなることかと冷や冷やでした。
高齢者の肺炎はどう気づく?自宅介護時の注意点 - NAVER まとめ



この数年を見ていると、
普段はずっと元気でいてくれそうな雰囲気だったりするんですが、
何らかの病気や怪我が原因で、
その都度、ガタ、ガタ…と体力が落ちていくように思っています。


なかなか病気や怪我を未然に防ぐことは難しかったりしますが、
出来るだけ防げれば、平穏に暮らせるんですが。


皆々様もご家族様も
安定した介護生活が送れますよう、お祈り申し上げます。


私も前もって注意できるところはしっかりと注意して、
平穏な介護生活になるよう心がけます。


Cat on Wheelchair / gniliep



ちなみに私も近年、いろんな病気になってしまっています。
もともと肺気腫(肺の過膨張)なのは、このブログに書いていますが、
それ以外にも…。

帯状疱疹は初期が大切!帯状疱疹の基礎知識、一生に一度だけ? - NAVER まとめ
どんな痛み!?突然襲う!尿路結石(腎臓結石)とは? - NAVER まとめ
突然襲う回転性めまいの前庭神経炎(ぜんていしんけいえん)とは? - NAVER まとめ

病気の話題ばかりで申し訳ないのですが、ご興味あればどうぞ。
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2015年12月18日

2015年秋冬の出来事 皮膚剥離、ひざ痛、風邪、肺炎

またも久々な記事になってしまいました。
この間もいろんな出来事がありました。

09月中旬 皮膚剥離 ← 老人性紫斑(ステロイド紫斑?)部分の剥離
10月中旬 右ひざ膝折れ → 右ひざを固定する装具完成
11月初旬 風邪 → 肺炎の原因?
11月下旬 坐骨神経痛? → そのうち治った。
11月下旬 肺炎
 → 約15日間ほどでおおよそ治った様子。

こんな感じで…。
80歳を過ぎ、咳喘息、類天疱瘡と病気も増えましたが、
ステロイドの影響もあるのか、いろんな出来事が増えちゃいました。

9月は、血行の悪い麻痺側の右腕にあった
大きな老人性紫斑(ステロイド紫斑?)が、ずるむけてしまい(皮膚剥離)、
下のような姿に。。



類天疱瘡で皮膚科に通っているので、診て頂き、約1か月ほどで治りました。
老人性紫斑部分は皮膚が弱くなっているので、
布団などでこすれてもずるむけることがあるようです。

また、右腕は麻痺側なので血行が悪く、皮膚が再生しにくかったため、
再生を促す塗り薬を処方して頂いて、ようやく治った状態でした。
※プロスタンディン軟膏


10月は麻痺側の右ひざがかくんとなるようになり、
歩くリハビリができなくなってしまいました。

整形外科で診て頂くと、ひざが変形しているため、
あまり歩いたりしないほうがいい。とのことでしたが、
弱ると困ると話すと装具屋さんを紹介して頂き、
右ひざを固定する装具を作って頂きました。
※作成に約2週間

もとほどは歩けないままでしたが、
それでも、家の中を10往復していたものを5往復まで出来るようになりました。


が、11月になって風邪をひいてしまい、歩く量が減ることに。
また、左足外側が腰からふくらはぎにかけてジーンと痛いというようになり、
訪問医療の先生に診て頂くと坐骨神経痛かもしれないので
また整形外科を受診してと言われ、
歩くリハビリはできなくなっちゃいました。

予約を取った矢先、治りかかっていたはずの咳が、
細かなコンコンという咳に変わって、気になるように。
その日、血圧を測ると、血圧はいつも通りでしたが、
脈拍が安静時なのに非常に早く120になっていました。

なんどか測り直しましたが、やはり120。
熱を測ると微熱と37.2℃。

訪看さんが来られる日だったので、その状況を伝え、
肺炎だったらレントゲンを撮らないとわからないので、
訪問医療の先生に来て頂くんじゃなくて、連れて行くというと、
訪看さんも聴診器で左胸の音が弱いので、訪問医療へその旨伝えてくださり、
お迎えの車に乗って診療所へ。

レントゲンとCTで左の肺中間あたりと下の方に3〜4か所ほど白い点があって、
肺炎だろうというお話に。
血液検査後、すぐに点滴が開始されました。

翌日、検査結果ではCRPが10.39で
入院か自宅での治療かの境界あたりですがどうしますかと聞かれるんですが、
入院すると体が弱るだろうしと思い、自宅での治療を選択。

私も母も少しうつったりして気管支炎になりましたが、
約2週間ちょっとで父も回復。12月になってなんとか肺炎は治りました。

CRPの推移 10.39 →3日後、8.35 → その4日後、5.44 → 1週間後0.93

その様子はNAVERまとめに作ったので、肺炎が気になる方はそちらもご覧ください。

http://matome.naver.jp/odai/2144973827443291201
高齢者の肺炎はどう気づく?自宅介護時の注意点 - NAVER まとめ


自宅での点滴生活のため、
点滴のセッティングは訪看さんがして下さるんですが、
その後の処理は家族がすることになるんですね。
毎回入れる針の場合は、抜くとき針が収納される針を抜いて終わりですが、
針を入れたまま生活できるタイプのものの場合、ちょっとややこしい処置が。



※クリックして頂くと拡大した画像が開きます

私が作った点滴の外し方のマニュアルなので、間違ってるといけないので、
もし、点滴の針を処理しないといけない場合は、
看護婦さんによく聞いてくださいね。


そんなこんなで落ち着かない2015年秋冬でした。。

今は肺炎も一応治り、歩くリハビリも何とか再開して、
家中を3往復するくらいになっています。


このまま無事お正月を迎えられたらと願っています。
読んでくださった方々のご家族様もよいお年を迎えられますようにお祈り申し上げます。
posted by fooca at 10:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2013年以降の記録

2015年06月12日

類天疱瘡

超久々な記事になってしまいました。。
2015年1月2日以来ですね。

その後、父は類天疱瘡という皮膚病になるんですが、
お正月時点では赤い発疹がちょこちょこあるような感じで。

ただ、アンブロキソールという痰きりのお薬を年末に処方されたんですが、
その薬を飲んでから出だしたので、
以前、高血圧の薬であるディオバン錠でも発疹が出てたんですが、
そういうこともあって、いっとき辞めたんですね。

でも、発疹が良くならないとして、関係なかったのかな?と思い、
再度飲んでもらうと、どんどんひどくなって。。
1月中旬に皮膚科のある病院を受診したんですが、
すぐにわからず、中程度のステロイド外用薬で1週間様子を見ることに。

結局よくならず、そこの先生もおそらく類天疱瘡だけど、
この病院で皮膚生検が出来ないから、大きな病院を紹介するとなりました。

第二日赤の紹介状を書いてもらって1月下旬にいくと、
すぐに類天疱瘡ということになって、ステロイドの内服が始まるんですね。

そんな経過をNAVERまとめに書きました。
http://matome.naver.jp/odai/2142362983318452601
高齢者に増えている薬疹!?皮膚病 類天疱瘡(るいてんぽうそう)とは? - NAVER まとめ

類天疱瘡って?って方は、そちらをご覧ください。


このステロイドの内服がプレドニゾロン換算で1日30rから始まるんですが、
いろいろ副作用があるんですよね。
ムーンフェイスに野牛肩、中心性肥満に老人性紫斑、白内障…。
他には、関連が分からないですが、感染症になりやすいためか、
ウイルス性のイボや、歯根骨折なども。

そして今一番気になるのが、糖尿病。。
6月に入って、順調に治ってきてるとして
プレドニゾロンが1日10rになってるんですが、
HbA1c(ヘモグロビン・エイワンシー)※糖尿の数値が6.5と正常値から外れました。

しばらくは様子を見ようということになっていますが、
副作用の経過によっては、食事制限も必要になるかと思うと、
特に最近、よく食べるので、機嫌が悪くなりそうで。。。


http://matome.naver.jp/odai/2143409095920361401
ステロイドの副作用ってどんなものがあるの? - NAVER まとめ

こちらもまとめを作りました。
ステロイドの副作用が気になる方はどうぞ。


72歳で脳内出血で倒れた父も現在81歳。
なんとか自宅介護でいろんな方の協力もあってやってこれましたが、
年齢を重ねるたびに、いろんな病気(去年から咳喘息も)が増えてしまい、
病院へ連れて行くことも多くなっちゃいました。

出来る限り、自宅で仲良く暮らせたらと思っていますが、
いろんな病気やステロイドの副作用をよく知って、
うまくいくよう対処していこうと常々思っているところです。

今のところ、なんとか元気に家中でリハビリもこなせるようになり、
父も元気に暮らしています。

それにしてもいろんな病気があるもんですよね。。
posted by fooca at 17:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2013年以降の記録

2015年01月02日

箱根駅伝


Runner / mrhayata


あけましておめでとうございます。

滅多に更新しないブログですが、
2015年もどうぞよろしくお願いいたします。


この年末で、父は退院して丸8年が経ち、
自宅介護も9年目となりました。

両親ともに80代ととなり、話の食い違いなどは日常茶飯事で、
ちょっと焦ることもありますが、
家族で生活が出来ていることに、本当に感謝しています。



自宅でのリハビリは、今もほぼ同じレベルで毎日行っています。
ただ、年齢とともにしんどそうになってきているので、
無理せずに行きたいのですが、
今のところ、父の気持ちを尊重して、同じ量にしています。

お正月もいつも通り、リハビリをしているんですが、
そんな中、今日はかなり元気がありました。
同じ量なんですが、あまりしんどそうに見えなかったんですね。

おそらく、大好きな箱根駅伝を見ながらだったので、
気持ちに張りが出来たんだと思います。


いつも思うことですが、
スポーツされてる方の姿は、勇気や元気を分けてくれますよね。
されてる方の一生懸命な姿が、頑張る気持ちを分けてくれる。

私もブラバン出身なので、
つい先日、DCI(ドラムコーインターナショナル)という
アメリカの野外でのマーチングショーのコンテストの映像をみて、
元気をもらいました。


介護していると、一日一日にそれほど大きな変化はないんですが、
今日の父をみていると、ちょっとこちらの気持ちもほぐれる気がしました。

箱根駅伝で走られている大学生の方々に感謝です。


Main road / Ben Garrett
posted by fooca at 16:32 | Comment(8) | TrackBack(0) | 2013年以降の記録

2014年10月19日

最近の父 小紋の柄を描くのにはまる。


Robert Frederick Blum
明治や江戸時代の人々の暮らしぶりって。。19世紀のカラーの写実画より

秋になってきましたね。
朝はちょっと肌寒いですが、日中はちょうどいい気温かもしれませんね。

前回の記事が2014年5月なので、またまた間が開いちゃいました。

さて、最近の父はというと、
リハビリは普段通り毎日続けています(量もほぼ同じです)。
ただ、量を増やしたり、階段の上り下りは辞めました。
家の中を歩くだけになっています。


以前は大人の塗り絵を塗っていましたが、
前回書いたように去年の秋ごろから咳がひどくなり、
塗り絵を描いたり、字を書いたりするのをやめていたんですね。
それは、咳ぜんそくということだったんですが、
今年1月ごろからアドエア500で治り始めましたが、
完全に治ることはなく、
今もアドエアを吸ってもらっています。

でも、絵を描いたりしても、咳き込むことが減ったので、
最近は自分で絵を描くようになっていました。


当初は、日本画の本を写したりして、うまく描いてたんですね。
それが最近、なぜか小紋の柄を淡々と描くようになって。。

いわゆる青海波や矢絣(やがすり)とか。
淡々と型紙のように紙に描いていくんですよね。
元は呉服関係の職人でしたが、
型彫りの職人さんではなかったので、ちょっと不思議に思っています。

ほかにもいろんな柄を淡々と描いてるんですが、
よく覚えてるものだというのと、結構難しいんですよね。

去年のあるときには、紗綾形(さやがた)が描きたいといって、
いろいろ描き方を考えて教えてあげたことも。
紗綾形を描いてみる。

今年は麻の葉(あさのは)で悩んでいたので、
ネットで調べて、描き方を教えてあげてたんですが、
型のように淡々と描いています。


和柄商用フリー素材【wargo pattern】より

そういう図案が頭に浮かんでくるのか、
ある程度、きちっと型のように描いているんですね。

昔、元N響指揮者だった故岩城宏之さんの本で、
岩城さんだったか、他の指揮者の方だった忘れましたが、
ある指揮者はオーケストラのスコア(総譜)を
一枚一枚写真機で写したかのような図案の形で頭に入ると書かれていました。

譜面は読むんじゃなくて、絵だったんだーって。
右脳が発達した方はそんなことが出来るんだーって。


私にはできませんが、
父はそんな形で記憶してるのかもしれないと思うと、ちょっとびっくり。

いつまでも、やりたいことをやって、長生きしてほしいなと、
寿命なのでわかりませんが、そう願ってやみません。


クロード・モネ(1840年11月14日〜1926年12月5日)作『ラ・ジャポネーズ』
海外から見た昔々の日本の姿
posted by fooca at 07:47 | Comment(2) | TrackBack(0) | 2013年以降の記録