2008年11月11日

左脳の脳内出血の後遺症と付き合う日々

父が2006年5月に倒れて約2年半。
前回の何らかの形の脳の中の突然変異を望んでの記事と
以前いただいたコメントから書かせていただいたQOLの大切さ
私が書いた今だから言えること。

そして、検索で後遺症について調べられている方の多さ。
後遺症を調べられる最大の理由って私もそうでしたが、
今後の不安からだと思うんです。

これらのことを勘案して、
そこで、その後の後遺症の経過をちょっとまとめて書いてみたいなって。



まずは、父の今後を思いますと、
家族としては出来る限り本当に何とかしてあげたいという気持ちです。
でも、現状の後遺症の状態を考えると。。

※以下、父の中程度と言われる左脳の脳内出血の場合とお考えください。

::病院からの退院後からの2年弱を振り返って::
右腕:ほぼ変わらず動きません。
記憶:倒れる前に培われた記憶はほぼあるように思います。
   ただ、失語症があるので言えない。
   それと、失語症や字が書けない点において、
   今から新たに憶えるということはできないようです。
   退院後2年弱、毎日のように話すリハビリ、歩くリハビリ、
   右手を動かすリハビリ、字を書くリハビリを
   日によって量は違いますがやってきて、そう思います。
   字でも言葉でも、単語(ありがとうやこんにちは)以外では
   2文字以上覚えられません。質問も途中で忘れる。
   だからと言って、痴呆症ではないようですが。
   失行というふうに病院では言われてましたが、
   行為を失うというよりも、
   複雑なものをまったく憶えられないが正しいかもしれません。
右足:足首より先はまったく思うようにならないので、
   足の上げ下げには注意が必要です。
歩行:3点歩行で120m20分くらい頑張って歩けます。
計算:一桁台の足し算引き算は可能です。二桁になると日によります。
会話:話している内容は基本的にわかっているようです。
   ただ、退院後よりかは年齢も進んでいるので、
   ゆっくり話す必要があるようです。
テレビ:母いわく、父に聞くと実は半分くらいしか理解できてない
    答えたらしいです(NHKの大河ドラマや連続テレビ小説)。
    でも楽しんでみてます。
階段:3階まで介助つきで上がれるようになりました。
その他:ベッドから起き上がれるようになって、
    自分でポータブルトイレで用を足します。


脳の仕組みってどうなっているんだろうと今も考えちゃいます。
漢字は覚えていることが多く、デザインとして憶えているみたいです。
でも、ひらがなや今、言った質問は記憶できないことが多い。
まさに、左脳は障害が残って、右脳は働いている感じなのかもしれません。
その使える右脳で左脳の働きができればいいのですが、
そういう突然変異的な状況を願ってリハビリしているのですが。。


基本的に退院後、良くなっていると思います。
病気にもなりにくく、風邪もなりにくくなりました。
記憶や会話、理解力については、病院ではプライドを傷つけないという点を
重視されていたように思いますので、今、悪くなったというよりも
隠されていた、もしくは本人が隠したかった悪い部分もこっちが知れるようになった
と理解したほうがいいと思っています。

退院後の食生活もかなり気を配ってやってきました。
手抜き介護食の合わせ調味料

出来うる限りのことをやってきたつもりです。
でも、残念ながら後遺症は完全には治りません。
これが今だから言えること。気をつけられるなら気をつけて。の気持ちです。

QOL「出来うる限りの人間らしい生活」になれるようにも努力してきました。
その気持ちが合ったから、毎日リハビリを手伝ってきました。
ただ、それも、結果は上の通りです。それが現実です。

父の望みは今でも働いて大黒柱としてのプライドを保ちたいということ。
わかっています。上の状況を勘案して出来る限りの知恵を使って思案し続けています。

倒れて約2年半。いまだに言いたいことは言えません。
奇跡的に何らかの突然変異で話せるようになるかもしれませんが、
そんな期待以外ありません。それが、約2年半を経た正直な気持ちです。

でも、家族の絆は強くなったようにも思います。
勝手に絆は強くなりませんが、誠実に対処し続けること。
私だけなら、以前のように信用されないままだったかもしれませんが、
病院の先生や看護士の方々など見てくださっている方がその誠意に気付いてくだされば、
長いものに巻かれろ的な父も、多少は変わることが出来ました。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

::今後に関して不安を抱かれている同じ立場の方々へ::
正直、安心してくださいなんて言えません。
これが私の家の現状。そして現実。2年半の軌跡です。

ただ、どんな状況になっても、どんな状況であっても
結局、胸を張って前向きに、そして何よりも誠実に生きることが解決策!
と今も思っています。

今、特に不安を抱えられている方々に、後遺症について悩まれてる方々に
書くべきことじゃなかったのかもしれませんが、
私から言えることは、どんな状況になっても、どんな結果が待っていても
誠実に生きていれば納得できるし、
不誠実な行動を取れば、後悔が残るということです。


これからも私も全力で家庭のことに取り組んでいきます。
心配されてらっしゃる方も前向きに一緒にがんばって生きましょう。
posted by fooca at 20:40| Comment(48) | TrackBack(0) | 2008年秋の介護日記
この記事へのコメント
はじめまして。こんばんは。
私の母もお父様と同じ右麻痺、失語で
毎日リハビリに励んでおります。
ブログ大変参考になりました。
退院して2ヶ月程になりますが、
まだまだ先は長く、イライラしてしまったり
反省の毎日です。

最後のメッセージ、心に染みます。
Posted by まぜねこ at 2008年11月18日 21:15
まぜねこ様コメントありがとうございます。

つたないブログ記事ばかりですが、
参考になったと言っていただいて、それが何より
うれしいことです。ありがとうございます。

私も、イライラやたまりきった疲れなど
どうしようもないことも多いです。
特に退院して2ヶ月という時期は本当に大変だと
思います。
父の場合、幸いにも退院してしばらく経って、
ベッドから身体を自力で起こせるようになって、
自らポータブルトイレに移れるようになり、
母も私も疲れがかなり軽減されました。
もし、そうなっていなかったらと思うと、
もっと疲れきっていただろうって。

ある程度、慣れてきて季節も経ていけば
後は同じことの繰り返し。
その中で、ちょっとづつでも良くなっていけば
それを喜びにして頑張っています。

お互い、これからも本当に長い道のりだと思います(長い道のりであって欲しいと望んでいます)。

無理せず、ときにはゆっくり休んで頑張りましょう。
Posted by fooca at 2008年11月19日 12:16
はじめまして。突然のコメント失礼いたします。私の主人が43歳で11月4日に同じ左脳内出血で倒れ、現在入院しております。出血量は多く、くも膜下出血も起こしておりました。で、色々検索した結果、ここにたどり着きました。
私は3人の子供を抱え、上は12歳、一番下が4歳で、仕事も持っており、今後主人がどうなるのだろうかと不安で、不安で後遺症を検索しておりました。目はさめていますが、言葉はほとんどありません。本日先生から、失行があるかもしれないといわれました。あんなに穏やかな夫が、胃の管を引き抜こうと、毎日戦いです。毎日抜いているようでいつも違うほうに入っています。面会も仕事が終わって、保育園にお迎えまでの1、2時間が限界です。
今後退院しても介護が必要な状態ならば、家には置いておくことができません。実家は双方とも遠方で頼ることのできる親戚も近くにはおりません。
今後のことを考えると、後遺症が残り、高次脳機能障害があるくらいなら、本当に言葉が悪いのですが、死んでくれたほうがましと思ってしまいます。そのほうが保険金も出ますし、、、お先真っ暗な今の私です。子供をつれて無理心中とも考えたりしていました。4歳の子供のために、生きなくてはいけませんが、私も40歳で今後何年も夫の介護をするかと思うと、くじけてしまいます。すみません。しみったれてしまいました。障害者年金、介護保険の申請など色々勉強しなければなりません。またご連絡するかと思いますが、よろしくお願いいたします。
Posted by ぱる at 2008年11月20日 00:09
はじめまして。ぱる様コメントありがとうございます。

私も「いっそ死んでくれたら…」というのは、
まったく思ったことがないなんて嘘は書けません。

でも、ご主人様はお年もお若いですし、
父(現在74歳)とは回復力もぜんぜん違うと思います。
倒れられて2週間ほどですね。本当に気持ちが一番大変なときだと思います。
すでに胃ろうにもなっているということですね。
もう、リハビリとか開始されてるのでしょうか。また、開始の話とか
今もリハビリ制限はあるなら、リハビリ転院のお話とか出てくると思います。

くも膜下出血も起こされていたということなので、
命が助かられたのは本当にすごいことだったかもしれません。
通り一遍のことしか書けませんが、
やっぱり、生きていてくれてよかったと思う日が来ると思いますよ。

お仕事を抱えられてるので、本当に大変だと思いますが、
保険にも入られていたということなので、特約とかあれば、手続きなさってください。
障害者年金も65歳までですので、ちゃんと出ると思います。

今のところは、洗濯物とオムツとかで病院に行かれている毎日かと思います。
お子様もいらっしゃるので病院にいくのも大変だと思いますが、
私は専門家じゃないので自分が経験したことからしか書けませんが、
失行もあるということは、リハビリ転院後のリハビリ制限が掛からないかもしれないので、
リハビリ病院で今後のことをご相談されることになると思います。

退院後、私の家では、スローな!?生活をしていますが
将来、ご自宅に戻られた後はデイサービスやデイケアも利用されたらいいと思いますし、
本当に今はお先真っ暗な気持ちでいらっしゃるかもしれませんが
案外、案ずるより生むが安しですよ。

ですので、急性期の病院に入院されている間が
一番、相談する相手がいなかったかもしれません。
回復期になっても、リハビリは日中に行われますので、リハビリの先生と相談できないと
相談する相手があまりいないことになってしまうかもしれません。

将来、ご自宅で生活されることになると、ケアマネージャーさんや訪問看護さんや
ヘルパーさんも介護保険で利用できますし、障害の程度によりますが、
訪問医療は月額諸経費(500円程度)を除いて、0割負担です。
介護保険でベッドや車いすなどをレンタルしている業者さんとかもいます。

私の場合は、業者さんが一番相談しやすかったですね。
田舎のご出身で人懐っこくて力持ちのかわいい若い女性の方でした。
気楽に話せて、いろんな方がいらっしゃることもお聞きしたり。
その方は、配置転換で今は違うのですが。

馬が合う合わないとかあるかもしれませんが、相談相手はたくさんできますよ。


本当に不安な時期だと思います。
先ほども書きましたが、でも、
やっぱり生きていてくれてよかったと思う日がきっと来ると思いますよ。
大変だと思いますが、一緒にがんばって生きましょ!

また、何かあれば、気楽に書き込んでくださいね。
私でわかることがあれば、こんな感じで書けると思います。
Posted by fooca at 2008年11月20日 08:09
追伸:
胃の管って鼻からのお話ですね。勘違いしてました。
急性期病棟から専門病棟に移って周りを見渡すと
管を抜こうとする元気な方ばかり。
尿道カテーテル(おしっこの管)も嫌がられてたり。

私の父は、静かにしてました。
痰の吸引だけはもがいてましたが、
私の父はその当時、そこまで感覚なかったみたいです。
Posted by fooca at 2008年11月20日 08:30
私の母も、左脳出血で右半身麻痺と失語症
それと、家族の記憶がまだ戻りません・・・
倒れてから、20日ほどです。
せめて、家族のことを思い出してほしいのですが
思い出すまでどのくらいかかりましたか?
Posted by みか at 2009年04月06日 00:02
コメントありがとうございます。
今本当に心痛まれていらっしゃることと存じます。

お医者様はどのようにおっしゃっていらっしゃるのでしょうか。

父の場合は、その時分に家族がわかっていたかどうかはわかりません。
手を握ると握り返すという状態で
ずっとこちらが話しかけ続けていた頃かも。

8ヶ月ほどの入院生活を終えて家に帰宅後
わかっていたの?って聞くとわかっていたと
ジェスチャーしましたが、
その1年後くらいに聞くと、本当は何のことやら
だったそうです。。

本人は当時も退院後しばらくも状況がわかりかねていた部分
あったと思います。

本当につい最近、頭の中がとてもクリアになったようで、
失語症に悩んでます。。

やっと厳しい状況を把握して、ちょっとショックが出たみたいでした。
それも、つい最近の歌のリハビリ以降です。

失語症はわかっていたと思うのですが、
話せない悔しい気持ちがものすごく出るようになったのは
本当の最近。

私が思う大切なことは、やっぱり話しかけることでしょうか。
わかっているわかっていないというよりも、
手をしっかり握って、家族を感じてもらうことかもしれません。

あとはリハビリの経過次第だと思います。

少しでも早く、少しでもよく回復されますことを
お祈り申し上げます。
Posted by fooca at 2009年04月06日 18:05
色々検索しているうちにこちらにたどり着きました。
私の父は、9年前に脳出血になり、右半身麻痺と失語症の後遺症があります。失語症は本人がリハビリを最初からひどく拒絶したので諦めましたが、歩くリハビリは本人の頑張りもあり杖だけで歩けるまでになりました。
喋れませんが、意思の疎通も出来、特に不便を感じることはありませんでした。何度か海外旅行へも行きました。それくらい元気でした。

それが、昨年の春頃に転倒してから、症状が悪化していきました。
杖だけで軽々と歩いていたのが嘘のように歩けません。
意思の疎通も怪しく、無気力に寝てばかりいるようになりました。
介護している母と私は、ここにきて困惑しています。明るく心穏やかに父に接する事が出来ません。父に優しく接する事が出来ません。こちらが何か言えば大声で言葉にならない言葉で怒鳴るのです。母も私も疲れがピークにきています。発症から9年。父も今年で70歳。歳のせいだと医師に相談しても真面目にとりあってくれません。ここのところ、あまりにもどうしたらよいのか思いあぐね、あちこちネットで検索しているうちにこちらにたどり着きました。

9年間介護してきてつくづく思うのは、転倒が本当に恐ろしいものだということです。
お父様、くれぐれも転倒して骨折などなさらないように、お気をつけください!

またきます〜。

まめこ







Posted by まめこ at 2009年04月07日 23:55
はじめまして。まめこ様コメントありがとうございます。

9年もずっと介護されていらっしゃるということで、
頭の下がる思いです。
海外旅行まで行けるようになられるほど元気になられてたんですね。

でも、転倒は本当に怖いですね。
私の父も膝をよく痛めてますので、気をつけているつもりですが、
肝に銘じておきます。

無気力に寝てばかりというふうに書かれていらっしゃいますが、
本当にご心配なことだと思います。

70歳というお年もまだお若いですし。
私の父は今年、高貴高齢者になりました。
膝痛で歩くリハビリを止めると拗ねます(笑)。

気分転換になるようなことがあればと思うのですが、難しいですよね。
私の父は、拗ねたら車イスで外出してお散歩に連れて行ったりします。
ご近所の人に会うと無理からでも話そうとするので、それも兼ねて。

最近は昭和歌謡をyoutubeで調べて、パソコンをベッドサイドにおいて
一緒に歌ったり、話のネタにしたりしています。
古い曲だったりすると私が歌詞の内容がわからずに
父に「これってこういう意味?」って聞いたり。
それが間違ってると必死に教えようとジェスチャーやら何やらやって。
結局わからずに母に聞いたり、ネットで調べて解決。
伝えようとしていたこともその通りだったらしく、したり顔に(笑)

また、去年は北京オリンピックがあって、あれはすごく気分高揚したようです。
やる気になってました。
最近では、ワールドベースボールクラシック。熱くなってました。

スポーツ観戦、特に国民的なものはやっぱり感動したり、鼓舞されたりするようです。

父は塗り絵も好きなので、私とけんかしたときは、
後で大人の塗り絵を探して印刷して、そっと渡します。
すると塗り絵に没頭して!?けんかしてたことを忘れてるのか
私の気持ちが伝わるのか、仲直りしてます(笑)

正直、けんかは毎日です。それも私と母は!
それを止めようとして?父が話せないのに割ってはいると
さらにおかしくなって、母がさらに怒ったり。。

母は食べ物作戦もやりますよ。おやつでご機嫌取り(笑)。
私は外出して和菓子屋さんへ行って、ご機嫌取りすることもあります。


コミュニケーションって本当に難しいですものね。

姉はたまに家に寄ってくれるのですが、
そのときは昔の写真作戦で懐かし話をしてます。旅行したときなどの。


ちなみに、まだ記事に書いていないのですが、
現在、何らかの父のライフワークとなるような父らしい仕事を考えて
絵を描く練習もしています。
まったくうまくいってませんが。。

倒れる前、父は生涯現役のつもりでいました。
それを取り戻せたらと思って。。


何かよいきっかけで良い方向に向かわれますよう
お祈り申し上げます。
Posted by fooca at 2009年04月08日 11:12
46歳の籍を入れる前の彼が、今年2月12日に
くも膜下出血と脳内出血で手術しました。
手術から2週間で目が覚めましたが、今現在、
肢体障害、言語障害、泌尿器関係、全てに重い障害有と言われました。障害者手帳、介護保険申請中です。
ぱるさんのコメントを読んで、大泣きしてしまいました。
これから、どうなるのか?少しでも、リハビリで良くなるのか?不安です・・・
Posted by みね at 2009年05月14日 00:49
みね様
はじめまして。コメントありがとうございます。

脳の損傷による後遺症が完治することはほとんどないかもしれませんが、
少しずつは現在75歳の父でも良くなっています。

最近、33歳で脳内出血になられた方の本を読んだのですが、
内容から父と同程度ながら、1年3ヶ月で職場復帰されたという話でした。
しかも、結婚されて。そのお相手の方も方麻痺だそうです。

若ければ若いほどリハビリの効果も高いようです。
なので、父よりもっと早くいろんな機能が回復されていくと思います。


厳しい現実もあったりしますが、
リハビリで少しずつでもよくなっていく姿に励まされたりもします。

辛いお気持ちや不安、
いっぱい書いちゃってください。

私がよく思うことは、
一人で悩まず、とりあえずいろんな人に聞くこと。
入院時は先生始め、看護婦さん、理学療法士さん
作業療法士さん、言語療法士さんなど
今後の回復状況の可能性や、
リハビリの仕方、介助の仕方などいっぱい聞きました。
業者さんもケアマネージャーさんにも
「実際、回られてる他の方はどうされてるの」
などなど不安解消に聞いたりしました。

とりあえず、気持ちを表に出すことも大切ですよね。
また、何かあれば、気楽に書き込んでくださいね。
Posted by fooca at 2009年05月14日 07:26
こんにちは。初めまして!!
私の兄は9月半ば、左被殻内出血で倒れました。働き盛り48歳、3人の男の子の父親です。命の危険をも宣告され、命が何とか繋がったかと思えば今度は「寝たきり」になる、と言われ、でも今は回復期リハビリテーション病棟へ転院し、杖ナシで歩行できるようにまでなりました。
右手麻痺と失語症は重度障害とのことですが、復職を目指し、焦らずじっくり頑張ってほしいと願っております。
倒れた当の本人ももちろん大変なのですが、やはり周りの家族には現実の生活があり、お金のことやその他様々のしかかりますね。
兄の家では三男坊(小学生)が交通事故に遭い、未だ頭蓋骨の一部を外してある状態でヘッドキャップをかぶり、夏休み明けから元気に復学した矢先、次はお父さんである兄が倒れました。兄一家もかなり激動ですが、皆さんのコメントを読ませていただいても「いろんなご家庭があるんだな」としみじみ思いました。
義姉は気丈に明るく頑張っておりますので私も最大限サポートしております。
皆さんと頑張るしかないですねー!!
Posted by しーちゃん at 2009年11月27日 11:46
こんにちは。こちらこそ初めまして。

ほんとですね。気負わずにそれぞれの立場から
明るく無理せずに頑張るということが大切ですね。

家族の絆が深まっても、先立つ資金の不安って私もあります。。
現実の生活はドラマじゃないですものね。

お兄様はまだまだお若いですし、
復職もきっと叶われると思います。
出血の程度や場所にもよると思いますが、
失語症は徐々にでも回復していくと言われていたりします。
後期高齢者の父も、本当に少しずつですが、
それでも行ったり来たりしながらも、
失語症に関しては良くなってきている気がしますから。

ドラマチックな回復には父はなっていませんが、
時間とともにゆっくりでも回復している父と
支える母と私の時間の大切さは
ドラマじゃなく、実感として持っています。
やっぱり家族の絆って大切だなって。

もっともっと回復されて、ご家族の方々と
かけがえのない時間を素敵に過ごされますことを
お祈り申し上げます。

コメントありがとうございました。
Posted by fooca at 2009年11月27日 20:31
私も27歳の時に失血しましたが今もどうにかやっっております!身寄りなどいませんし地味ですが生きててよかったと思えるようここにきて思いました。
Posted by t at 2010年09月05日 18:29
t様 初めまして。
コメントありがとうございます。

この記事、2008年に書いた記事だったんですね。
どんなことを書いたのか、まったく忘れてましたが
読み直してみると、顔が赤くなっちゃうような内容でした(*^_^*)。

痛みって経験した方しか分からないじゃないですか。
病気や戦争体験、犯罪に遭われてしまった方などだけじゃなく、
長い人生、いろんな紆余曲折を経験しますし、
こんなはずじゃなかった…倒産や破産だってあったりします。

誠実に生きていても遭遇してしまうこともあります。

そういう経験って、私は本来、人類共有の宝って思っています。
誰だってありえる、いや、大なり小なり出会うことがある出来事。
だから、その経験を聞き、経験を生かし、助け合うということが
社会の勤めって思うんです。

そういうことを書くと、きれいごとって思われる方もいらっしゃいますが、
私は、すべての方に命をまっとうして頂きたいし、
全うしていただける世の中に、そういう理解ある社会に
なってほしいと常々願っています。

なんか、長々とへんなことを書いちゃったかもしれませんが、
これからも長生きしてくださいね。
Posted by fooca at 2010年09月05日 21:44
今日、姉が左脳の脳内出血で倒れました。不安です。人一倍勝気でがんばりやの姉でしたから、多分、何か予兆があっても無視してきたんだと思います。思えば、昨日の夜、亡くなった父の夢を見て、胸騒ぎがしていました。今夜が山場との事。どうなるのか、今は不安です。
Posted by at 2010年09月17日 01:38
はじめまして。コメントありがとうございます。
今、一番、不安なときですね。
私も今でもそのときの状況を思い出すことがあります。

今、大変なときですが、身体はやっぱり資本です。
お体ご自愛くださいませんね。

お姉さまが良くなられていかれますことをお祈り申し上げます。
Posted by fooca at 2010年09月17日 15:29
平成12年5月 母(現在93歳)小脳出血で倒れ 半年御 同年11月 妻(現在63歳)脳出血で倒れ現在は、母 週3回ディサービス、妻 週2回ディサービス 私は、現在、定年で年金暮らし、介護料と生活費で一杯です。
 旅行や外食はできません。
母 身体障害 3級。妻は2級
 介護はすべて私一人で、10年近く面倒みてきました。
 介護の大変さは、介護をしているものでしか、分からないと思います。
 文面では表しきれません。何を記してよいのか
どう自分の思っていることを記してよいか分かりません。
 自分は再就職して、生活費を稼ぎ介護と両立していかなければなりません。
 私は61歳で再就職はないですが頑張って探すしかないと思います。
 誰も、理解してくれない全て自分一人で、かたずけなければなりません。
 辛いです。
死にたくても、母と妻は残してはいけません。
 面倒を見なくてはなりませんから。
Posted by 山本 修 at 2010年12月22日 16:41
山本修様
はじめまして。コメントありがとうございます。

いつでも、このブログで良ければ、
心の中にあるものをぶつけてくださいね。

なかなか理解ってしてもらえないものですよね。
ドラマや小説じゃなく、日常ですから。
時間が経てば経つほど、人から忘れられてもいく気がします。

また、「良くなられて良かったですね。」
「もう安心ですね。」と声を掛けられることも多いですが、
時間が経っても、介護は介護。
そういわれると、「実は…。」と本当は言いたくなることもあります。

お金もそう続くものじゃないですしね。
私はアフィリエイター(ネットで商品をご紹介してマージンを頂く仕事)なんですが、
不況で昔ほどの収入はありません。

父や母の年金もまた下がりますね。
そして、毎月のケアプラン
(ケアマネさんが毎月持ってこられる毎月同じ内容の紙切れ1枚)は
今はお金が要りませんが、
毎月1,000円ほどお金が必要になるみたいです。
つい先日のニュースより。

今までと同じ生活をしていても、
さらにさらに厳しくなっていく昨今。
私もとにかく頑張るしかない!と思うしかない現状です。

こんなブログでもお役に立てるのなら
時々は、胸のうちにあるものを吐き出してくださいね。
(私が吐き出してしまいましたね(笑)
Posted by fooca at 2010年12月23日 10:24
 初めまして。タカと言います。
私は2006年12月に脳出血を起こしました。10ヶ月の入院生活を終えて4点杖で何とか退院しました。
 その後は作業所で工賃を頂きながらリハビリに励みました。そして昨年の7月に復職が出来ました。
 
 ホテルのレストラン・宴会などで働いていましたが障害者になってしまった今、表に出ることはありません。今現在は総務でパソコンを使った業務をやっています。お互いに頑張って明るい未来に向かって頑張りましょうね!
Posted by タカ at 2011年01月11日 13:25
タカ様

初めまして。コメントありがとうございます。

総務でパソコンを使ったお仕事をされているということで、
すごいですね。
それまでされていたお仕事と違って、
一から覚えられたこともたくさんあるでしょうし、
頭が下がる思いです。

父は今、家で大人の塗り絵を大量に塗って楽しんでいます。
何故、そこまで没頭するのか、よく分からないのですが、
とにかく、色を自分で考えて塗るのが楽しいようです。

同じ塗り絵でも、色のパターンを替えて楽しんでいます。

これからもお元気で頑張ってくださいね。
タカ様に素敵な未来が訪れますように祈ってますね。
Posted by fooca at 2011年01月11日 15:54
 タカです。
 早々のお返事有難うございます。

 私は入院中の検査でわかったことですが、脳動静脈瘤奇形という先天性の病気でした。10万人に1人の病気らしくこの病気の方は比較的若い年齢での脳出血・くも膜下出血するらしいです。脳ドッグなどの検査を受けていれば奇形だとわかったのでしょうが、まだ31歳という時だったので脳ドッグなど受けていませんでした・・・
 しかし自動車の運転免許もオートマ限定で免許更新も済ませて、今は毎日通勤で車で30分の距離を運転しながら頑張っています。私は右半身麻痺の為、左アクセル・左ウィンカーに改造していただき運転していますよ。若い時期での発症だったために、今回の復職が出来たのかなと思っています。これが50代、60代で発病していたらどうなっていたかわかりません。

 復職が出来たわけですが、パートでの復職だったので給料も少なく障害年金で何とか生活しています。結婚もしていて息子も二人・・・

 今は1日の勤務時間も5時間で、週4回の出勤で頑張っています。次の目標は出勤時間・出勤時間を少しずつでも延ばしていき、いずれは社員で働けるように頑張りますね!
 今の仕事は遅くても確実にこなさなければいけないと思います。確実にこなせるようになれば、スピードも上げていかなければなりません。

 まだまだ指摘されることも多いため、確実に仕事が出来る様に頑張っていきたいと思います。
Posted by タカ at 2011年01月13日 10:30
タカ様
いつもコメントありがとうございます。

お子様もいらっしゃって、
まさに一家の大黒柱でいらっしゃるんですね。
本当に頭が下がる思いです。

事務職は単純なようで確実に出来ないとだめな世界ですから
大変だと思いますが、一歩一歩頑張ってくださいね。

私も先天性の肺気腫で年々、家事をしていても
息苦しさが増してる気がするんですが、
文章を読ませていただいて、
頑張る力を頂けた気がします。

お互い、頑張って素敵な未来にしたいですね。
コメント、ありがとうございました。
Posted by fooca at 2011年01月13日 20:33
今の自分
Posted by みく at 2011年02月01日 14:45
みく様
はじめまして。コメントありがとうございます。

返信が遅くなってしまい、申し訳ありません。

春も近づいてきて、
三寒四温で体調管理もなかなか難しい時期ですね。
風邪などひかれませんように、お体ご自愛くださいませね。
Posted by fooca at 2011年03月01日 16:34
 東日本大震災及び東電の原発問題により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、ニュージーランド地震 日本人不明者28人全員の死亡確認された。東日本大震災の前日に81歳の母は脳梗塞右半身麻痺だが週に3度とデイサービスやリハビリ通院しており元気だったが、転んであばら骨3本にヒビが入ってしまっていた。しかし医師も驚きの回復力であばら骨のヒビもくっ付き、また母と嫁と3人で食事会を開きたいが少々、自粛ムード。4/8は自分の誕生日です有難うです。 お釈迦様も4/8が誕生日なんですよね?知ってました?自分はお釈迦様の生まれ変わりで地球の救世主かもですよ?。(笑)
Posted by 智太郎 at 2011年04月09日 09:04
智太郎様
はじめまして。コメントありがとうございます。

お誕生日、おめでとうございます(^o^)丿。
お母様も回復されて良かったですね。

智太郎様もご家族様もお体ご自愛くださいませね。
Posted by fooca at 2011年04月09日 23:07
はじめまして
昨年58歳の主人が左脳の出血で倒れ、緊急手術をして重い後遺症が残ってしまいました。
右片麻痺、失語症、高次脳機能障害です。特に失行がきつく歩くことができないと言われて、装具を作る必要がないとまで言われてしまいました。
杖歩行を希望していましたが、発症して半年現在自分で起き上がることもできない状態です。
後一カ月でリハビリ病院も退院になりますが、その後のことはまだ決まっていません。
大学生を二人抱えていることもあり、今私も仕事を辞めることもできないので退院後すぐに在宅は無理な状態です。
この先どうなるんだろうと不安で不安で、泣いてばかりでした。こちらのブログを読ませて頂いて少し希望がもてました。
Posted by のぞみ at 2011年06月13日 19:46
のぞみ様
初めまして。コメントありがとうございます。

あと1ヶ月で退院されるということで、
今頃はケアマネさんや介護用品の業者さんなどとお話されてるころでしょうか。

私の父の場合、ブログにも書いたかもしれませんが、
退院時はベッドから自分で起き上がることが出来ないので、
退院後、母と私で夜はトイレのため、
2時間おきくらいに起こしていたような気がします。

そんな生活も2ヶ月ほど経つと、病院では結局出来なかった
自分でベッドから起き上がるということが出来るようになりました。
父も家族に迷惑をかけたくないという思いで必死だったんだと思います。

ご主人様はお年もお若いのでご自宅でもどんどん回復されるかもしれませんよ。
希望をお持ちになってくださいね。

私の父は倒れて5年になります。
杖で家の中は歩けますが、外は難しいです。
階段は上り下りできますが、外のわかりにくい段差に手惑います。
会話は理解できていますし、嫌味混じりなところも出てきてますが、
また、いっぱい話してくれますが、ろれつが回ってないので聞き取れません。。

でも、やっぱり、年々、良くなっています。
ただ、70歳後半という年齢からか、ぎっくり腰や膝痛もあって、
リハビリは最近になって思うようには行っていません。
無理をしてさらに悪化するといけないので、仕方ないなって思っています。

病院のときから考えると、何もかも見違えるようになりました。
元通りの生活に戻ることはないですが、
でも、その良くなっていく姿が介護してる側のうれしさでもあります。

ご主人様もきっと大丈夫ですよ。
のぞみ様も無理されず、
ケアマネさんや訪問看護、訪問医療、
ヘルパーさんなどと会話していくうちに、
日常のペースがつかめるようになると思いますよ。

介護は長丁場であってほしいもの、のぞみ様もご自愛くださいませね。
ご主人様がさらにご回復なさいますことをお祈り申し上げます。
Posted by fooca at 2011年06月14日 08:09
はじめまして。私の父(69歳)が6/30に左脳の脳内出血で倒れました。
今現在顔のむくみは落ち着いて、MRIの診断結果からの判断だそうですが、医師の判断は「手術出来ない・手術の必要なし」でした。容態は右腕右脚の麻痺、右耳の聴力麻痺、会話が出来ない、です。話しかけると誰が話しているかは判るようです。
まだ入院して間もないのでどのくらい回復するのか見当もつきませんし、不安でいっぱいです。
家族の絆を試される時期かと思います。
また皆様の御言葉を拝見出来れば幸いです。
宜しくお願いします。
Posted by ひで at 2011年07月05日 00:11
ひで様 はじめまして。
コメントありがとうございます。

そうですね。今が一番心落ち着かない時期だと思います。
私の父の場合と違って、手術の必要なしということですので、
もう少しご容体が安定されたらリハビリを開始されるか、もうされてるかもしれませんね。

リハビリが開始されたら、
時々、その様子を一緒に見たり、手伝ったりするといいですよ。
そのほうがお父様もご安心されると思います。

車イスに腰掛けられるようになられて、安定されたら、
看護士の方が外出OKとおっしゃれば、
ちょっと外出されたりするのもいいかもしれません。
私の父の場合は、京都第二日赤病院だったので、
病院の屋上へ行って、緑豊かな京都御所や比叡山なんかを見ながら話しかけてました。

その頃には、家族もかなり心理的には安心できてました。
まあ、将来不安はたくさんありましたが。。
でも、大丈夫ですよ。

急性期の病院の方々がちゃんと手配してくださって、
リハビリ転院し、そして、たくさんのリハビリをして、
在宅介護の準備を病院が紹介してくださった
ケアマネージャーさんや介護用品の業者さんと相談し、
家の中を整え、訪問医療や訪問看護、お風呂に家でのリハビリなんかが決まっていきました。

誰しも経験したことがないことなので、
私も不安でいっぱいでしたが、ネットで調べて、安心したことを思い出します。

お父様がさらにご回復なさいまして、ご家族の方々も安心出来る環境が整われますことを
お祈り申し上げます。
Posted by fooca at 2011年07月05日 14:26
はじめまして♪

私も去年の3月に右脳の出血で、緊急期病院で約一か月入院しました。
ピンポン玉ほどの出血だったので、大事にはならずにすんだのですが…。
ただ、耳が不自由なので、コミュニケーション手段が手話なんですよね。
(両手で使った方が確実に伝わるので…。)
だから、左手が動けないなんて信じられない、歩けないなんてそんな馬鹿な…同情されたくない等々…。ホントに訳が分かりませんでした。
不思議なことに、誰もが病名も何も言わなかったんです。
私も、聞かなかったのはなぜだろう…。怖くて聞けなかったのかなぁ。
夫はショックで、当時のことは全く覚えてないと言います。
知人、兄弟たちは苦労ばかりして…と憐れんだのでしょうか。頑張れとしか言いませんでした。
それが却って良かったんですね。
歩けないなんて(トイレに行けないなんて…)信じられなくて、おむつ拒否から始まってナースさんたちを随分と困らせました。
倒れてから救急車に乗ったことまでは鮮明に覚えているのですが、病院に着いてからは意識が飛んでしまって、まったく覚えていません。
それから震災のあった日まで、意識が朦朧としていたように記憶しています。
そこで、可愛い理学療法士や誠実に相談に乗ってくれる作業療法士に恵まれたおかげもあって、リハビリが楽しくて頑張れたんですね♪
回復期病院に転院する頃には、杖なしで歩けるように。
「頑張りましたね」と医者に言われた時は、張っていた気持ちが徐々に解れていきました。
「これからは、ゆっくりリハビリしていきましょう」と。そうして3か月ほど入院生活し、一日の半分くらいをリハビリしたんですが、そこでも素晴らしい療法士たちに恵まれたのが幸いしたとおもっています♪
退院してからは、リハビリ通院して「もう自立できるし、家事でも立派なリハビリになる」とのことで今日、卒業したんですが…。
ある方の話「リハビリを続けることが大事、どうにかならなかったのか…」と。
今は、疲れれば左足が地面に擦ってしまう、
Posted by 招き猫 at 2012年03月29日 03:17
招き猫さま、初めまして。
コメントありがとうございます。

すごく頑張ってこられたんですね。頭が下がる思いです。
私の父は退院してから、自分から進んでリハビリをする気があまりなかった(起こらなかった)ので、
ずっと手伝いながらやってきました。
今は少し自分から進んでベッドでできることはやったりしますが、
歩くリハビリはどうしても右足を擦ってこけそうになるので、手伝っています。
以前、リハビリで父が転倒してろっ骨を折ったこともあったので、
それ以降は特にしっかりと持っています。

招き猫様も「疲れれば左足が地面に擦ってしまう」と書かれていましたので、
転倒にはくれぐれもご注意くださいませね。

招き猫様がさらにさらにご快復なさいますことをお祈り申し上げます。
Posted by fooca at 2012年03月29日 07:53
初めまして。

3日前の15日未明、結婚を約束していた彼(40歳)が、激しい頭痛に襲われ、救急搬送されました。
左脳の脳内出血とくも膜下出血を伴い、脳幹にも圧がかかっており、緊急手術。
まだ3日しか経っていないのに、彼と一緒に過ごしていた時間がとうの昔に感じます。
不安で不安でならなくて、色々と検索をして、たどり着きました。

開頭手術で出血を取り除き、浮腫みが出るため、まだ薬で寝かせているため、意識も無。
それでも、顔を見れるだけで幸せです。
そして、昨日、無意識の中で左の手足を動かしました。
その姿を見て、やっと私自身気力が戻りました。
動脈瘤が見つかり、月曜日には手術となります。
土日に破裂したら・・・と考えるとどんどん落ち込んでいきますが、彼なら大丈夫と信じて待っています。
右半身は搬送されるときから反応がなくなっていたため、命が助かっても少なからず右半身の麻痺は絶対的だと思います。
ですが、ブログを拝見して、介護のことや保険のことなど、もっと広く広く調べて、支えて行きたいと思っています。
私はまだ29歳、まだまだ働けます。
なんとか、彼の命を助けていただき、そしてリハビリを彼に頑張ってもらって、何年後でも良いから結婚したい、そう思って毎日を頑張って生きたいと思います。

これからもブログを拝見します。
お父様とご家族様に、穏やかな幸せの感じられる毎日が続きますように。。。




Posted by eriko at 2012年08月18日 10:29
eriko様、はじめまして。
コメントありがとうございます。

今、一番大変な時期だと思います。
動脈瘤の手術が成功しますよう、私もお祈り申し上げます。
eriko様も気を張り詰められてる状態だと思いますので、
なにとぞお体をご自愛くださいませ。

このブログがなんらかのお力になれれば幸いです。

eriko様の願いが届きますように。
Posted by fooca at 2012年08月18日 13:37
はじめまして。
moonmoonと申します。現在44歳です。
9月に脳出血で倒れ10月に退院しました。
幸い麻痺は残らずリハビリセンターへの転院はせずに済みました。
ただ、左目の視野が狭くなり、頭が常にボーっとしています。この症状が辛いです。
これが永遠に続くのか終わる時が来るのか、それが知りたいです。突然のコメント失礼いたします。
Posted by moonmoon at 2012年11月16日 08:54
moonmoon様 初めまして。
コメントありがとうございます。

私がなっているわけじゃないので、
本当のところはわからないのですが、
78歳の父の話によると、
父も視野が狭くなっていて、わかりにくかったり、
あと、麻痺側が急に震えたりという症状は今もあるようです。

ただ、完全に治ることはないのかもしれませんが、
倒れて6年の父によれば、慣れではなく、少しずつは改善しているようです。
それは、傍で見ていてもそのように感じます。

お歳もお若いですし、父よりははるかに改善されていかれると思いますし、
お気を強くお持ちくださいね。

moonmoon様の一日も早く改善されていかれますことをお祈り申し上げます。
Posted by fooca at 2012年11月16日 13:18
初めて投稿させていただきます。
普段、ブログなどは見たこともやったことも無かったのですが、余りにも苦しくて苦しくて色々調べていてここに辿り着きました。
47才の夫が6月20日に左脳内出血で救急搬送され緊急開頭手術を受けました。
ICUを6日で出て今は急性期病棟でナースステーションの隣の部屋にいます。
意識はあるのですが、全く会話が成立しません。
時々何か単語を発するのですが、意味不明です。
右半身に麻痺があるのですが、右手は付け根から動き、手先も動くのですが、意識的に何かをする事はできません。
右足も膝を曲げる事は時々できる様です。
手術から二週間たった今日、身体に付けられていた心電図や尿道の管が外され、栄養補給の為に鼻から胃に入れる管があるだけでした。
一日の大半はベッドで寝たきりなのでオムツと尿取りパットを付けています。
今日はリハビリの先生がいらして車椅子に苦労して乗せていただき、私の運転で病院の中をほんの少し移動できました。
先生の問いかけに自分の名前と私の名前が言えて
先生もとても喜んでくれて私も思わず涙ぐんでしまいました。
本当はこれで喜んで安心しなければならないとは思うのですが、余りにも彼の発する言葉が支離滅裂で先々の事を考えると物凄く不安になってしまい、家で声を上げて泣いてしまいました。
私達に子供はおりませんが、一緒に生活できる家族はおらず、退院後も私が仕事をして2人だけで生活をしなければなりません。
このまま精神障害が残ったらどうしようとか、性格が凶暴化したらどうしようとか、退院後もアパート住まいになるのは必至だけど大丈夫だろうかとか、悪い事ばかり考えてしまい時々過呼吸になってしまいます。
回復期病棟へ移ってから私も仕事へ復帰しましたが誰もいないアパートで1人でいるのが辛いです。
私よりもっと大変な方々がいらっしゃるのにこんな弱気でどうするんだ!と思いますがどうかお許し下さい…。
Posted by naochan at 2013年07月05日 00:32
はじめまして。
naochan様コメントありがとうございます。

今、この先々のことを考えると
とてもつらい時間を過ごされてることと思います。
私も急性期でのときは、本当にこの先どうなるんだろうっと
すごくいろいろと考えていました。

私の父の場合、当時は言葉を発することすらできなかったので、
おそらく、お年もお若いですし、回復されるのが早くて、
逆にいろんな面が見えてしまわれてるのかもしれません。

この先、リハビリ転院をされることになると思いますが、
そのころになると、naochan様もお気持ちが少し落ち着かれるかもしれません。

アパートでお暮しということなので、
将来的には、アパートでの介護になるかもしれませんが、
お若い方の場合は、杖で暮らせるようになられる方も多いみたいです。

街中でもよく注意してみないと気が付かない方もいらっしゃいますよ。
私も父を介護しているのでわかるんですが、
右足の出し方に特徴があるんですね。
杖をつかれてなくても、右手の雰囲気をさっと見て、
あっ、この方も一緒だ!って。

車椅子で父を散歩に連れて行ってるときに、
そっと父に言うんです。
「あんなに回復できるんだから、お父さんも頑張ろ!」って。

ご主人様が少しでも早く、良くなられますことを、
また、naochan様のお気持ちが落ち着かれますことを願っています。

このブログで良かったら、また、いろいろ書き込んでくださいね。
Posted by fooca at 2013年07月05日 12:16
7月5日の書き込み以来です。
あれから12日間たった今朝、病院から電話があり、回復期リハビリ病棟へ引越します、との事でした。
現在入院中の病院は数年前から回復期リハビリ病棟を併設しており、転院せず急性期からそのままの移動となりました。
でも、6月20日の手術から一ヶ月もしないで回復期リハビリ病棟と言うのは予想外の早さで正直大変戸惑っています…。
週二回の面会時にはリハビリの先生が私の来る時間に併せてベッド周りでのリハビリをして下さるのですが、相変わらず言葉が殆ど無く意思疎通もできず、一人では何にもできません。
この時期から回復期リハビリへ移ったら退院も早い可能性もありますよね?
正直ものすごく不安です。
退院後の事が全くイメージできないんです。
2人暮らしなので週5日は彼を1人にする事になりますし、リハビリの仕上がり具合で対応も変わってきますよね…。
実は私達の実家がある田舎へ戻ろうかとも考えているのですが、帰った所で一緒に暮らせる家族がいる訳でもありません。
ただ私自身の家族や友人がいると言う事で何かあったら助けてもらえるという安心感があるだけで2人暮らしに変わりはありません。
田舎に帰るにしても家探しや引越し等もあります。
しばらくは今の場所で何とか暮らしていた方が良いのか、今ものすごく迷っています。
Posted by naochan at 2013年07月17日 13:02
naochan様
リハビリ病棟併設という状況がどうなるのか、
私には経験がないのですが、
先生や看護士の方々はどのように仰ってるんでしょうか。

私の時は急性期病院で2か月、リハビリ病院で4か月と聞いてたのですが。
リハビリ病院も、今もあると思いますが、
リハビリ制限で入院日数が決まってるんですよね。

なので、リハビリ病棟というのは、リハビリ病院と同じ扱いで4か月なのか、
急性期の続きですべて合わせて2か月なのか…。

なかなか今のところは先の見通しが付きにくいと思いますし、
私の父の場合も、自宅に帰るとき、
ベッドから体を自力で起こしてポータブルトイレを使うことが出来ませんでした。
もちろん、リハビリ病院でかなり練習してくださったんですが。。

なので、帰宅後、しばらくは、夜、2時間おきに母と交互に父を起こして、
トイレをしてもらうという生活がありました。
でも、退院後2か月すると、父は自分で体を起こして
トイレ出来るようになったんですね。

私もビックリしましたが、病院であんなに練習してもできなかったのにって。
家族に迷惑を掛けたくないという気持ちで出来るようになったんだと。

そういうこともあるので、帰宅時も大変なことがあるかもしれませんが、
少しずつでも良くなっていかれると思いますので、
今、想像されているのとは、異なっていかれると思います。

ご主人様の状況は今は大きく変わっていなくても、
きっとよくなって来られると思いますし、
まだ、将来のことを考えられるのは早いかもしれません。

ちなみに、このブログをもしお読みくださっていたら、ご存知かもしれませんが、
私の父は結局、リハビリ病院は6か月になったんですね。
それだけ重症だったんですが。

なので、場合によっては延長もあったりします。

わたしも当時は不安でいっぱいでしたし、その後の生活をかなりいろいろ考えました。
家の中もあちこち片付けて、どうやって生活していこう?って考えながら。

退院が近づくと、病院のリハビリの先生方が父とやってきて、
家の中をいろいろ見て、どうするか考えてくださったり。
でも、それが引き継ぐケアマネージャーさんや訪問看護の方と意見が合わずもめたり。
結局、家でずっと見てくださることになる訪問看護さんの意見でいろいろ決まりました。

なので、なかなか思うようにも進まなかったりもします。

先々の不安はたくさんおありだと思いますが、
今はご主人様が良くなられることだけをお考えになられるほうがいいかもしれません。

うまく書けませんでしたが、また、何かあったら書き込んでくださいね。
Posted by fooca at 2013年07月17日 17:40
先週父(75歳)が左側の脳出血で入院しました。


脳出血に関しての知識がなかったので、後遺症などを検索していたら、ここに行き着いて、皆さんのコメントを読ませて頂きました。

あたしは1人っ子で、結婚して実家を離れ、遠方で暮らしているので、話を聞いた時にはビックリして、父の状態を見るまでは不安で不安で悪い事ばかり想像してしまいました。 父が入院した次の日に新幹線で帰って来て、そのまま病院へ行きましたが、あたしが想像していたのよりは大丈夫そうだったので少し安心したのですが、今はまだなって5日しか経っていないので、日中はほとんど寝いる状態です。 入院して2日目の時は、意識もはっきりしていて、娘のあたしの事や、孫達の事は完全に分かっている感じでした。 でも次の日は朝から発熱があって、それからはずっと日中はほとんど寝ている状態です。

父は脳出血になって、ほぼ1日経って病院に運ばれたのですが、それにしては、有り難い事に、今のところは両手両足とも動かせているし、スプーンとお皿を持たせてあげると、自分で食べる事も出来き、食後の歯磨きも自分で出来ているので、それは良かったなと安心しています。

ただ失語症があり、父が何を言っているかが理解出来ず、父も自分の話を理解して貰えないもどかしさがあるようです。

昨日からリハビリが始まりましたが、日中ほとんど寝ているので、リハビリの先生も今の状態がどんな感じかがまだ分からないみたいです。 なってまだ5日しか経っていないので、やっぱり時間が掛かりますよね。

今後、急変や再発、失語症の回復など、今はまだ不安がたくさんありますが、父の状態が今よりも回復出来る様に、母とくじけずに前向きに頑張って行きたいです。
Posted by えびちゃん at 2013年08月29日 03:08
えびちゃん様 はじめまして。
コメントありがとうございます。

お話を読ませて頂くと、
比較的、障害の度合いも軽そうで、
本当に良かったですね。

リハビリは早ければ早いほどいいそうです。

私もお父様がより回復なさいますことをお祈り申し上げます。
また、心配事など何かあったら書き込んでくださいね。
Posted by fooca at 2013年08月29日 06:49
早速のお返事ありがとうございます。


はい、父は程度がまだ軽いみたいなので、そこは本当に有り難いと思っています。

父の回復と、同じように身内の方が脳出血になり、何かしらの後遺症が残ってしまった方々の回復を本当に願っています。

また何か不安事があったらコメントさせて貰うので、よろしくお願いします。
Posted by えびちゃん at 2013年08月29日 10:32
私もこのブログの更新がなかなかできていなくて、
(本当はちょっと忘れてました…)、
存在を思い出して、久々に記事を書けました(笑)

えびちゃん様もお母様も、
この先も病院通いやリハビリ転院、自宅介護など
いろいろあると思いますので、
お体ご自愛くださいませね。
Posted by fooca at 2013年08月29日 13:31
はじめまして。
実母が10月31日に脳梗塞ということで入院しました。MRIを何回撮っても、どこに梗塞があるか分からないと言われましたが、右の麻痺や言語障害がありましたので入院ということになったそうです。入院前日に、近くの友達の家で急に言葉の呂律が回らなくなり、慌てて弟嫁に電話して病院へ行ったそうです。ところが、病院に着いたら麻痺も言語障害も治っていて、MRIも何も映らない。
その日はそのまま帰されて、その夜にまた右側の麻痺が出たため翌日にまた病院へ。
車から降りる間際に、それまで普通に喋っていた母が喋れなくなり、車から降りることも出来ずに駐車場の係の方が持って来てくださった車椅子で何とか再度のMRIを受けたんですが、その後また回復しました。
何度も梗塞を起こすのはおかしいと、そのまま入院になったわけです。
入院後は、一度軽い麻痺が出た程度で2週間の梗塞の治療をするってことになっていたんですが、退院まであと数日というところまで来て、今度は左脳に脳出血が起きた。と言われました。
母は81歳で、4センチの大きさの出血を取ることは年も取ってるから手術は無理だと言われ、現在はベッドに寝たきりで、栄養の点滴と高血圧のため血圧降下剤、それとこれ以上出血が広がらないための点滴をしています。

元気になってから、しきりに左の側頭部を痛がっていましたが、医師はCTも何も撮ってはくれず、寝てるための頭痛だと言い続けました。
後で、頭の痛みと脳出血の因果関係を訊ねましたが、それは関係ない!の一点張り・・・これからもお世話になることを考えて、それ以上の追及は止めました。
ただ、梗塞の発作が出なくなったので、という理由で、脳出血で倒れるまで一度も追加のCTを撮らなかったのは今でもしこりになっています。

脳出血が分かってから、今日で5日になりますが、
心電図、点滴、尿管に繋がれ、現在は少しづつ簡単な単語を一日に1つ喋っては喜び、忘れてはガックリの毎日です。

右手右足は、力は弱いものの動かすことは出来ますが、主治医の話では立つことは出来ず、認知症になるだろう。再出血で命にもかかわる。などと言われ落ち込む日々です。
倒れてからはずっと夜は弟嫁と交代で泊まり込み昼も誰かがいるようにしていますが、自営ながら仕事を持っていますので、さすがに疲労の色を隠せません。

ただ検索して、ここで皆様のご苦労などを読ませていただき、頑張らなくては!という気持ちと、分からなくても何とか命があってくれれば少しづつでも回復するんだという希望を頂きました。
ありがとうございました。
Posted by ニャーママ at 2013年11月15日 01:32
ニャーママ様はじめまして。
コメントありがとうございます。

確かに何とか手を打ちたかったお気持ちになられるのはよくわかります。
お医者さんは、病気になるまでは対処してくれない
(事前に防ぐということはあまりしてくれない)
そんな気が私も残念ながらします。

私の父の場合も最初、出血部分を取るのを年齢からためらわれてました。
なので、そのうち(3か月くらい)で
出血した血は吸収されてなくなっていきますと
説明を受けていました。

出血部分がある場合、
リハビリはどれくらいしてもらえるものか、
していいものかわかりませんが、
やはり、いろいろ先生とお話しされて、
最善の方法を探されるほうがいいかもしれませんね。

家族からしたら、
やっぱり最善を尽くしたいのは当たり前ですから。

ニャーママ様もご家族の方々もお疲れが出ませんように。
お母様が早く回復なさいますことを願ってやみません。

また、何かあったら書き込んでくださいね。
Posted by fooca at 2013年11月15日 10:01
左片麻痺歴6年ですが未だに受容出来ずにいる58歳の男です 
Posted by 中内幸二 at 2017年07月29日 17:08
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