2009年03月29日

気持ちいい車イスでのお散歩。でも注意点

花粉も最近ひと段落しているので、を見に時々お散歩。

京都市内ですが、私が見に行ったところは、
まだほとんど咲いていませんでした。う〜んがっかり。



車イスの外出が増える季節。
以前も車いすでのお散歩時の注意点として
車いす用のトイレの場所を確認して、
ということを書いたことがありました。
(参照)車椅子でのお散歩に欠かせない車椅子用トイレの場所

急にくるんですよね(笑)
父がニヤッとすると。。まさか!!
外出するとひどいときは30分に1回ほど行きたくなるようです。
お散歩するコースはいつもばらばらなので、
そのつど、トイレの場所を頭に描いてから外出します(笑)



今日の注意点は段差のある歩道についてです。
段差のあるところでは、前輪の衝撃をなくすために
車いすの後ろのステップを軽く踏んで
前輪を上げるということをされてると思いますが、
そこに油断が出来てしまう歩道。。


後輪は車いすと一体ですが、前輪は自由に動きます。



大きな段差のある歩道では、気にならないカーブも
歩道の幅が狭いのに、大きくカーブを取ってある歩道
注意が必要なんですね。




大きなカーブでは、前輪を軽く上げて片側が歩道に乗っても
もう片側が乗っていなくって
カーブと平行になって
そのカーブに引っかかってしまい、

動けなくなってしまうことが。。

その場合、ちょっと前のめりになって、父が落ちそうに(汗)。
「お父さんごめんなさい。」

今までに何度か!?やってしまっています。
忘れたことにやってしまう。。


また、外出時に気をつけたいことは、
父も私も水分補給ですよね。


これから暖かくなるので気をつけないと。。


皆様、気持ちのいい季節、
車いす用のトイレの場所と歩道の段差と水分補給などに気をつけて
楽しいお散歩を。
posted by fooca at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 脳内出血の介護資料

2009年03月19日

昭和歌謡を聴きながら、しゃべれそうな雰囲気漂う最近の父です

昭和歌謡を使ってのリハビリは功を奏しているように思います。
何せ、私がわからないものだから、教えようとする(笑)。

つい最近も、春日八郎さんのお富さん。
いつものようにyoutubeで調べてかけてあげました。
そして、歌詞も検索で探して印刷。
一緒に歌うと出てくる玄冶店(げんやだな)を初め、
※詳しくは玄冶店 - Wikipediaをご参照くださいませ。
昭和歌謡には知らない言葉がいっぱいで(笑)。

聴いては、必死に話そうとする。
途中で母が答えを言うとそうそうとうなずいたり、
違うんじゃという表情をしたり。
そのたびに、検索で調べて…という繰り返し。

それがすべて話のネタになって、歩くリハビリもそっちのけ。
失語症にはずっと会話し続けることが大切という話もありましたが、
その状況になってるんですね。


私にとっては、知らないことばかりでちょっと疲れるんですが、
父や母にとっては、昔話のいいネタなんだと思います。



現状では、何を言っているのかぜんぜんわかりませんが、
とにかく積極的に話そうとするようになりました。
何にでも会話しようとします。

別れの一本杉をかけた時、「きゃあきゃあきゃあきゃあああ」って
そんな感じで言うもんだから、嫌いなんでしょ替えるからって言うと
「ちゃうちゃうちゃうちゃう」そして「ぎゃあぎゃあ・・・」
だから嫌なんでしょ??「ちゃうちゃう」
ん?好きって言いたいの?「うん」。。

会話にはなってませんが、父の琴線に触れることが多いようで(笑)。
憧れのハワイ航路もそんな感じで。


今や、リハビリというよりか、カラオケ屋さん状態。
歌詞を調べて印刷して渡して。
でも、上手く歌えないので、一緒に歌うという感じで。

また、時代背景とかぜんぜんわからないので、
もっと昔の曲をかけて両親に知らんって言われたり。。

だから知ってる曲を言ってよっていうんですが。
それはだめなんですよね。両親とも。

藤山一郎さんの丘を越えてをかけると
父は興味なし。母は一緒に歌って。



youtubeにアップしてくださっている方々に
本当に感謝です。

当面は、このやり方で進んでいこうかなって。

今やコミュニケーションの中心かもしれません。


余談ですが、一人ではなかなか歌わない父。
でも、歌いたいらしく歌詞カードをいっつも眺めている父。

一人ででも歌ったら?って言っても歌いませんが、
私が掃除機をかけたら
掃除機の音でわからないと思ったのか、歌ってました(笑)。



失語症が治るかどうかなんともいえませんが、
少なくとも、父が積極的に、そして明るくなったことに
とても感謝しています。


〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

前回書いたことですが、
本当は外へ連れてってほしいはずの父ですが、
私が花粉症のため、当面は歌でごまかしてます(笑)。
posted by fooca at 20:31| Comment(2) | TrackBack(1) | 2009年春の介護日記

2009年03月12日

ちょっと暖かくなってきて、外へ連れて行ってあげたいところですが…

今年の花粉症、久々に来てます。。私も母も。
二人ともかかりつけのお医者さんに
飲み薬と点鼻薬と点眼薬をもらっているんですが。

だから外出するのが億劫で。
父だけは花粉症じゃないので元気なのですが。


そんな中、姉が百マス計算のワークブックを買ってきてくれました。
父は、意外と間違えずに淡々と解いています。



本当なら、外出していろんなお話をしながら、
気分良くリハビリさせてあげたいんですが、
そんなこんなで出来ない状況です。

前回、書きました失語症のリハビリで、ひっきりなしに話しかけ作戦。続編
さらに続きになりますが、
とにかく会話の流れに入ってもらうべく、
懐メロ大作戦展開中です(笑)。


私のほうが、歌手の方も曲もぜんぜんわからないので、
昭和一桁の方のブログなんかを参照しながら、
youtubeで探して聴かせてあげます。

笠置シヅ子さんや三浦洸一さん伊藤久男さん
ディック・ミネさん、李香蘭さんとか。
ぜんぜん存じ上げてないのですが、適当に曲をかけたら
父も母も懐かしそうに会話が弾んでました。

私も知っている都はるみさんのアンコ椿は恋の花をかけたとき
あんこがわからず、何?って聞きました。
餡じゃないよね??っていうと必死に説明しようとするんです。
そのとき、母は外出中。

途中から身振り手振りも入って台形のようなものを示します。
そして、向こうのほうを指差したり。。
結局、まったくわからず。



母が帰ってきて、聞いてみました。
すると伊豆大島の女性のことじゃない?
っていうと父もうなづいてました。
台形のようなものは伊豆大島を示したかったみたいです(笑)。

現在の父は、明るくなった反面、
元の父同様に、嫌味のような言葉をさらっと言うことがあります(笑)。

そこで母に逆襲され、
「悪いところばっかり戻って、ちゃんと話しいさあ」って。
言い返せずにうっすら涙目に。。

でも、それだけ感情が戻ってきたんですね。
感情の起伏がしっかりあるので、負けず嫌いな父のこと
そのうちに必ず話せるようになってくれると信じていますよ。お父さん。


追記:
でも、ネタが切れて、途中で八時だよ全員集合の
懐かしいコントに3人ともはまってしまい、笑ってました。
posted by fooca at 16:19| Comment(4) | TrackBack(0) | 2009年春の介護日記

2009年03月06日

失語症のリハビリで、ひっきりなしに話しかけ作戦。続編

前回の後にはひけない必死の失語症のリハビリ中。書けない途中経過の続編です。
もう、ひっきりなしに話しかけています。

時々、とにかく積極的に話そうとするようになり、
身振り手振りも合わせて、伝えようとします。

表情も生き生きしてきています。

今やっていることは、とにかく話しかけること。
歌を一緒に歌った後に、いろんな曲のサビや出だしを歌って
誰の曲かを聞いてみたりしています。

勝手にしやがれの出だしだけを歌って、沢田誰さん?って聞いたり。
わかってるけど言えないという素振り。
研一さん?違う?研二さん?違う?そう?合ってる?
そんなやりとり。

でも、いい日旅立ちを歌って、山口誰さん?って聞くと
はっきりと「知らん」って。
母も知らんわけないやろって言ってましたが。。

さらには、川の流れのようにを歌って、美空誰さん?って聞いても
ピンと来ない雰囲気。
仕方ないので、つばめさん?すずめさん?ひばりさん?
ようやく、わかったみたいで、ひばりさんのときにうなづきました。

やっぱり、記憶力も悪くなってる部分、ありそうです。



お富さんを歌って、三波誰さん?って聞くと
父が首を横に振ってました。母も横で聞いていたので、
違うでって。えっ?三波春夫さんじゃなかったの?

お富さんは春日八郎さん!って。父も大きくうなづいてました。
私のほうが勘違い。ずっと三波春夫さんだと思ってました(笑)


ただ、歌を歌うリハビリや
私が歌ってあげたりするのは気に入っているみたいなので、
今は、その方法でやっていこうと思っています。

今見つけたのですが、
家に60年代の歌詞が載っている本があったので、
これを使って歌ってみようと思います。

ただ、私のほうが生まれてなくて知らない曲も多いのですが。。


もう少し、気候が良くなれば、もっと外に出て話し続ける予定です。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

最近は、そんな状態の中で、
父も時々、笑いながら「あーーーー!」って叫んじゃいます。
話したいのに話せない辛さが身にしみているようです。。
posted by fooca at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009年春の介護日記

2009年03月01日

後にはひけない必死の失語症のリハビリ中。書けない途中経過

大変ご無沙汰いたしております。
歌うリハビリやが功を奏したのか、
かなり表情豊かに、そして、大声が出るようになりました。

そして、意志もしっかりして頭の中もはっきりしてきたんだと
思います。


今、現実と向き合う父がいます。
正直、もがいています。話せない自分に。
覚えようとしても覚えられない。話したいことが言えない。。


これまで、話すリハビリで一緒に声を出して言う
ということが多かったので、自分でも話せるんだと思っていた部分。
それが違っていると知った現実。



脳内出血で倒れ、ずっと病院でリハビリを受けてたときから
患者さんの心理を大切にされる失語症のリハビリでは、
傷つけないようにという感覚
がありました。

帰宅後も、そういう方向性でやってきたのですが、
父も母も疑問を持ち始めました。
子供に教えるように教えたら話せるようになると
父も母も思っていたんですね。説明はこれまでしていたのですが。

左脳の脳内出血なので、ちょっとした言葉を記憶するのも
そのときの状態、歌った後とかなら、聡明に記憶することができても
あまり聡明じゃないときなら、まったく聞き逃してしまいます。

記憶そのものがその状態なので、
教えて覚えるというためのリハビリじゃないと私は思っています。


父も新聞は読めるし、どうやら中身も理解できているようです。
会話やテレビは半分程度しか
理解できていないらしいのですが、
これは、その会話スピードと一時記憶が出来ないから
クイズ番組の問題を片っ端から忘れてしまい、
意味不明になるのかもしれません。

新聞は、じっくり読めるので理解できるようです。


昔の記憶もだいたいあります。
昔習った内容と照らし合わせて理解することも出来るようです。
字も読めます。ただ、読めるというのは頭で意味はわかるというだけで、
声に出せるわけでも、記憶してその字を書くことは出来ません。

歌の音程はしっかりと取れます。
歌詞を読んで歌っているというよりも、
昔の記憶で歌っている感じで歌っている歌詞はめちゃくちゃです。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

左脳の脳内出血なので、右脳も小脳もちゃんとしてるんですね。
左脳も出血した部分など以外は、おそらく働いていると思うんです。
まだ、頭が真っ白な子供は覚えるしかありませんが、
父は昔の記憶も理解力もあります。それがつながらないだけ。
そして、一時記憶できないだけ。

私が思うには、失語症のリハビリで父は覚えなくていいんです。
覚えるのじゃなくて、有機的に脳が出血した部分を補えるように
つながること
だと思っています。


ただ、それだけに厳しいんですね。結果が出ない。
何かの拍子に!ということを期待してのリハビリだから。


そこで、今後の自宅でのリハビリ方針を一緒に考えました。



体力はどんどんあがっているので、
体力を伸ばし、あとは健康に楽しく暮らすためのリハビリか


または、

かなり苦しむと思うけど、
話せるようになるまで、必死に失語症のリハビリをする?


単刀直入に聞いてみます。
父は即答でした。何が何でも話せるようになりたい!

練習というのではなく、自然な会話の中で話しかけ続けること。
それが一番つながりやすそう
に思うのですが、ネタが。。



心を鬼にして、片っ端から話しかけます。
嫌がられたり、文句を言われる分にはいいのですが、
いやなとき、無視するんですね。これが一番辛い。

父にはっきり言いました。もう一度。
現状維持で楽しく暮らすか、
話せるようになるまで嫌でもリハビリするか。


もちろん、何が何でも話せるようになりたいって。

無理強いをするつもりはありません。私も辛い。きつい。
でも、現実と向き合ってしまった父を見ていると
そこまで回復してきた父を見ているとやらざるを得ない。

楽しい外出も、ずっと話しかけます。
見るものすべての名前を聞いたり、何屋さんがあるか聞いたり、
信号の色や道路の名前やお花や猫や建物の名前や木の名前や…
空の色や天気や一瞬の出来事や通った車の種類や…。

ずっとずっと話しかけます。父も厳しいし私もしんどい。

今、そんなリハビリをやっています。
要は嫌われ役なんですが、
とにかく頭の中がつながってくれることを祈って。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

そんな状態なので、しばらくは途中経過を書けません。
というか、書く内容がありません。
また、しばらくご無沙汰になると思います。

父も私もお互いにあまり無理をしても辛いだけになると
わかっています。
ある程度、やり続けてだめだったら、
また、いろいろ気分転換を図っていく予定です。



次にこのブログを書くときは、楽しいことが書けたらいいな。
posted by fooca at 21:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 2009年春の介護日記