2009年01月28日

退院後、もしかして初めてかも!?声を出して笑った父

時々、暖かい日もあるので、最近は、車いすでお散歩しています。
母は「風邪をひいたら大変だから」と言いますが、
父は駄々っ子のように必死に抵抗!

私もちょっと心配ながら、
最近は、かなり体力もついて私や母よりも丈夫かも!?
って思うこともあるくらいなので、外出してます。



本当に外に出るのが大好きな父なんですが、
今日、ちょっとびっくりしたことがあったんです。

それは、題にも書きました声を出して笑ったこと。


最近は、大声で歌を歌って話すリハビリをやったりしていて
大きな声が出るときがあるのですが、
外出しようとしている母が
服のことでちょっとドジったんですね。

その姿を見て、父が大笑い!



母が「笑うことないやんか」って言ってましたが、
実は退院後、声を出して笑ったことがなかったんですね。
入院中もそうだと思います。


笑顔はあっても、笑った雰囲気はあっても声にはなってなかった。
それが、大声で笑っていました。

これまでも、声を出して笑ってくれないかなって思って
倒れる前には思いっきり大声で笑っていた「笑点」を
毎週つけてたんですが、ニマニマするだけでした。


脳内出血になって約2年と8ヶ月。
声を出して笑った父にちょっと喜び


〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

脳内出血で倒れてから、右半身不随に失語症、失行なんですが、
細かなことを書けば、
声を出して笑うことも出来なかった。

まだ、鼻をかんだり、うがいをしたりは出来ませんし、
50音もマ行などは超苦手。
しかも、「キャ、キュ、キョ」とか「リャ、リュ、リョ」など
複合的な発音はまったく真似できず
なんですが、
ちょっと希望の光が射したような。。

小さな子供でも何気なくやってしまうようなことも
出来ない部分があるんですね。
脳の仕組みって不思議です。

2009年01月22日

大きな声で歌うリハビリと失語症のその後の経過

前回の連想ゲームもやりつつ、
指でいろんな形を作って真似てもらうリハビリもやりつつ、
話すリハビリをやっているのですが、
どうしても、「あれは何?」って聞くと、間違えるのが嫌なのか
どんどん小さな声になっていってしまいます。


(参照)
言葉の理解力がちょっと悪いかも。ということで連想ゲーム
指の運動で脳の活性化!?


退院当初、家で歌の練習をやってリハビリを
やろうとしたことがあったのですが、
上手く歌えなかったりして、その後辞めていたのですが、

なんとなく上手く歌えそうな気がしたので
復活することにしました。


いろんな曲を探して一緒に歌います。
童謡ならなつかしい童謡・唱歌・わらべ歌・寮歌・民謡・歌謡さんで調べました。
歌謡曲は坂本九さんの曲が歌いやすそうだったので、
「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん 夜の星を」なんかの
歌詞を印刷して一緒に歌いました。
(坂本九さんの曲は直接曲名で検索して歌詞を見つけました)

ご近所迷惑ですが、かなりの大声で歌います(笑)
すると、一生懸命、父も大声で歌ってくれます。


もともとカラオケが好きだっただけのことはあって
音程も探りながらみたいですが、
ちゃんと取れてしっかり歌っています。




歌の練習をして思ったのですが、
かなり、声が出るようになって、ちょっと頭脳も明晰になるのか
今までよりかは、何かしらの文章がぽっと出てきたり

話すリハビリとしてぴったりって思ったのですが。。


問題はその後なんです。
最初の日はちょっと疲れたのか、めったに日中は寝ないのですが、
寝てしまいました。
翌日、同じように歌の練習をしたのですが、また、寝てしまいました。

「疲れたの?」って聞くと「いや}って言うのですが。

でも、3日目、とうとう疲れたみたいなことをジェスチャーでやりました。
歌うのは好きだけど、しんどい。。みたいな。



ちょっとやりすぎだったのかもしれません。
なんとなく、話せそうな雰囲気が出てきていたので、
こっちも調子に乗ってしまって。


何事も焦らずですよね。


母も言ってました。
リハビリで良くなる分と老化でどうしても悪くなる分があるから、
無理はだめって。

それに対して、父がちゃんとした言葉になってませんが、反論してました。
脳内出血で倒れる前、「わしは永遠に60歳のままや」って
言ってたので、そんなつもりなんだと思います。
今やいわゆる誇り高き!?高貴高齢者(後期高齢者)なんですが。。

でも、身体は正直。というか頭が疲れるみたいかもって思うのですが。
階段の練習や歩く練習でどれだけ疲れても、あまり横にならなかった父が
歌の練習で思いっきり寝込んでしまうとは。


外での歩くリハビリや車いすでのお散歩が大好きな父も
冬には勝てませんね。家の中を歩いてるだけじゃ、
せっかくよくなって来た足腰もまた弱ってしまいそう。

リハビリもマンネリ化してしまいますし。


春が待ち遠しい今日この頃です。

2009年01月16日

言葉の理解力がちょっと悪いかも。ということで連想ゲーム

失語症というのは、話せないし、
「わかってる」っていう意思表示があったりすると、
そうなのかなって思ったり。


でも、時々、いろんな話をしてみると、実はわかってないかも?
ということもよくあるんですね。


たとえば、話すリハビリをしているときに、
マフラーはどれ?って聞いたときに、枕を指したり、
これは聞き間違いかなって思ったんですけど、
電話はどれ?って聞いても枕を指してました。

ちょっと言葉の理解力が落ちているかもという不安から
話すリハビリどころじゃないので、
質問から連想して選択してもらう連想ゲームをやってみました。

単なる思い付きですが、コミュニケーションをとるために、
紙に6つほど関連の言葉を並べます。


たとえば、お菓子の名前を並べます。
「お饅頭、おせんべい、ケーキ、アイスクリーム、クッキー、羊羹」
というように。

話す練習じゃないので、こちらが連想したことを言います。
「お父さん、和菓子ってどんなの?」と聞くと
羊羹を指差しました。他にもあると思うけど?って
聞いてもピンときませんでした。
お饅頭は?って言うと、ふんふん。。
冷たい食べ物は?とか洋菓子は?とか聞いていきました。



他にもいろいろやってみます。
乗り物シリーズ
「飛行機、車、船、バイク、バス、電車」
そして、エアバスはどれ?とか、フェリーはどれ?とか

色シリーズ
「赤、青、黄、緑、白、黒」
トマトの色は?とか、海の色は?とか雪の色は?など

他には素材シリーズ
「鉄、アルミ、木、紙、プラスチック、繊維」


果物シリーズ
「桃、ぶどう、リンゴ、みかん、柿、バナナ」
岡山で有名なのは?とか青森で有名なのは?とか。
でも、リンゴって出ませんでした。
だいだい色の果物は?と聞くとみかんを指しました。
もうひとつあると思うけどって聞いてもわからず。
柿もだいだい色だと思うけど。って言うと、
「にゃーにゃーにゃーにゃー。。。。。」と始まってしまいました。
これは違う!!!!といっているみたいで。

母も理由がわからず。


お野菜シリーズでも
「大根、にんじん、ナス、ジャガイモ、きゅうり、トマト」
金時といえば?というとにんじんを指しました。
男爵といえば?と聞くとジャガイモを指しました。
そして、青首といえば?と聞くと出ません。
仕方ないので、青首大根って言うでしょ?っていうと
「にゃーにゃーにゃーにゃー。。。。。」

また、始まってしまいました。


母に「お父さんは青首大根って知らないの?」って聞くと
知っているに決まってるでしょって言われ。これも理由がわからず。

形容詞シリーズ
「甘い、からい、古い、新しい、暖かい、冷たい」
ラーメンは?暖かいを指しました。アイスクリームは?
冷たいを指しました。もうひとつない?って聞いて甘いを。
問題はここから。梅干は?って聞くと古いを指差し、
確かに古いかもねぇ。もうひとつない?と聞くと、甘いを指差しました。
いや、からいでしょ?って言うと
「にゃーにゃーにゃーにゃー。。。。。」

またまた、始まってしまいました。



電話番号シリーズも作りました。
「110、119、117、177」
救急車を呼ばないといけないときは?。。。。警察は?。。。。
これはかなり難しいようです。



いろいろ、頭を使って疲れたのか、
塗り絵を引っ張り出して、塗り始めてしまいました。

でも、書いた紙を後で見直しながら考えているようです。
これからはこの連想ゲームもいっぱい入れて行こうと思います。

2009年01月13日

かなり寒くなりましたね。3回目の真冬介護生活

去年は秋ごろから外で歩く練習をよくやっていたのですが、
もう、雪も降ったりと、寒すぎて外にも出れなくなってしまいました。

そこで、家の中を歩くリハビリと話すリハビリ、書くリハビリを
やっているのですが、それも段々とマンネリ化してしまい、時に険悪ムード。

季節がよければ、外出して機嫌も直るんですが。
そんな中で、以前はよく描いてもらっていたのですが、
また、気分転換に前回書いたように大人の塗り絵をやってもらっています。


話すリハビリでちょっと落ち込み気味だった父ですが、
声を出すだけのリハビリでちょっと元気も取り戻し、大声で話すように。

こちらもどんどん大声を張り上げて、
「あ〜〜〜、い〜〜〜、う〜〜〜…」ってやっています。
短く切って「あ・あ・い・い・う・う・…」とか、とにかく大声で。



大声作戦は良かったみたいです。なぜか、したり顔になってきました。
気持ちいいんだと思います。ご近所には迷惑かもしれませんが。。

ただ、声が小さくなっていくと、嚥下にも悪そうですから。

今年の冬場のリハビリは、大声でやっていこうかなって。


例年の真冬のお風呂は、本当に寒い日なら湯船に浸かってもらって
湯船の中で頭や身体を洗ってしまい、
最後にシャワーで流すというやり方もしてましたが、
(参照)冬のお風呂で思い出す退院後はじめてのお風呂

今年は、寒がってますが、元気なようで、洗い場の椅子に座ってもらった後、
シャワーを渡すだけで、自分で身体を温めています。

その間、私はさっさと父の頭と身体を洗ってしまうという流れです。

私はTシャツと短パンで入るので、
父に間違ってシャワーをかけられると寒いので要注意。



さっくりと、洗ったら、湯船に渡した台に移ってもらって、
麻痺足を引き上げて湯船に入れて立ってもらって、台をはずし、
背中と足を持ちながら、湯船にゆっくりとつけてあげます。

最近は、その後「ごゆっくり」って言って私は外に出ます。
その後で「もうそろそろ?」って聞くと「もうちょっと」って答えます。
自分でさらに沸かしたりもしているみたいで、
リラックスモードで楽しんでるみたいです。



あと、注意したいのが、インフルエンザや風邪。
退院した当初はすぐに風邪をひいて熱が出て大変でした。
昨年は風邪もなく助かりました。今年もそうあってほしいと願っています。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

介護生活3回目の冬、父も家族もかなり慣れた様に思います。

後遺症が完治するということはありませんが、
それぞれに自然な生活が出来るようになってきた、そんな気がします。

やっぱり、時間が解決してくれる部分ってありますよね。

2009年01月10日

嫌いな話すリハビリと好きな大人の塗り絵と

話すリハビリを何が何でもしようと思っているわけじゃないんですが。。
話せるようになってほしいという母の願いが強くて、
また、話すリハビリ中心となって、落ち込んでしまっている父。

緊張すればするほど、何を聞いても「お母さん」という言葉が返ってくる。
「お父さんのお名前は?」と聞いても「お・お・お母さん!!!」
ゴミ箱を指差して「あれは何?」と聞いても「お・お・お母さん!!!」



自信家の父も話すリハビリをすると本当に落ち込んでいるよう。
やっている私も「じゃあ、階段の上がり降りする?」と聞くんですが、
「話すリハビリしないと」という母にうなずく父。

夏場だったら、外出して気分転換を図るのですが、今は。。

でも結局、何を聞いても「お・お・お母さん!!!」
ちょっと詰まってしまっているなって感じたので、
久々に父の大好きな塗り絵をしてもらうことにしました。


母の早く話せるようになって私と話して欲しい!
という気持ちはわかるのですが、
なかなか、そうも行かないのが現実で。。


父は、もともと呉服の職人で、デザイン関連が得意だったんですね。
だから、塗り絵は大好き。それも和服の女性は大好きなようです。

前はよくやっていたのですが、最近はリハビリ中心になっていたので
久々に、父の大好きな大人の塗り絵をいっぱい印刷して渡しました。

父の好きな大人の塗り絵サイトから
和装の女性が好きな方にお勧めの塗り絵サイト様をここでご紹介します。


クレヨン則様のサイトから
歌麿のぬりえ〜美人画のぬりえ 歌川派の浮世絵のぬりえ 日本画のぬりえ
が大好きです。

また、大人の塗り絵 東芝けあコミュニティ様の着物の女性も大好きです。

すべて無料で公開されますので、本当に感謝しています。


今は没頭して塗り絵をしています。
また、自信を取り戻してくれればいいのですが。。

2009年01月04日

ふさいでいただいた胃ろうの穴のその後

日頃も週に1回はお風呂に入れてあげてるのですが、
年末年始は訪問看護の方もお休みなので、
ずっと入れてあげてました。


ふと、気になった胃ろうの穴。
「痛くなったりはしないの?」と聞くと
本人も忘れてるみたいで痛くないらしいです。


回復期の病院を退院する前に胃ろうをふさぎました。
その頃は、いつも胃ろうの穴を気にしていて、痛いと言ってました。

あれから丸二年が過ぎ、今やおへそが二つ!?みたいに。



入院時は、退院後ずっと胃ろうでの生活も覚悟してました。

でも、胃ろう造設術によって鼻からではなく
胃ろうから栄養を取るようになると
母も私もびっくりしたのですが、
父の色艶が良くなって、妙に元気になって。


その後は、嚥下障害はあるものの食べたいという欲望が。
当時、言語療法士の方が
初めの頃、食べさせてくださっていたように思います。

普通に食べられるので、胃ろうから食事へ変更となりました。


それから、胃ろうは残ったままだったのですが、
退院前にふさいでいただきました。


今は食べすぎでぽっこりとお腹が出るまでに(笑)。
このお正月で和菓子もかなりたくさん頂いたので、
お風呂でも思ったのですが、メタボかも!?

母も私もどんどん痩せていくのに。。と母がぼやいてます(笑)。


冬場はなかなか外で歩く練習ができないので、ちょっと心配です。メタボ(笑)

色の名前と話すリハビリ

お正月も過ぎて、ようやくなんとなく落ち着いてきました。
初詣や親戚が来たりと、私や母はてんてこ舞いでしたが、
父はリハビリをすることなく、悠々自適。

しかも、昨日は空いた時間にリハビリする?って聞くと
「嫌」って。
とうとう嫌がられてしまいました(笑)。

でも、今日からリハビリ再開です。

歩くリハビリをやったり、話すリハビリをやったり。
歩くほうはいつものようにお得意なので、率先してやります。
でも、話すほうは苦手なので、昨日同様、嫌そうでした。


いろいろ話すリハビリをしていると、
これまでよりも悪くなってる気が。。。
「あれは何?」と何を聞いても「お母さん」。。

また、お母さん病が始まった。。母も笑ってます。

電話機を持って「これは何?」父は「お母さん」
杖を持って「これは何?」父は「お母さん」
ゴミ箱をさして「あれは何?」父は「お、お、お母さん」。。



そこで、ふと思い出しました。
外を車いすでお散歩しているときに、「通った車の色は何?」
と聞くと「黄」とちゃんと答えが出たことを。
「今、信号の色は?」と聞くと「青」って。

色の名前はすっと出やすい!?のかな。

「お母さんの持っている紐の色は?」と聞くと「あか」とちゃんと答えました。
やっぱり。

「電話機の色は?」って聞くと「し。。。。。」
答えは白なんですが、ろが出ませんでした。

でも、色の名前はすっと出やすいようです。
ピンクのタオルを持って「これは何色?」と聞くと
指で3本数えてました。おそらくピンクの文字数だったのかなって。

色の名前で失語症を克服するきっかけになれば。。
気のせいと違ったら、モノよりも色の名前のほうが言葉が出やすいようです。
脳と色の名前って関連性がありそうですね。

2009年01月01日

父が退院してから3回目のお正月を迎えることが出来ました。

今を思えば、あっという間だったように思います。
退院は2006年12月末。初めのお正月は本当に大変でした。
何とか、今までどおりのお正月にしてあげたいという気持ちでした。

母との二人三脚でやってきた介護ですが、
去年のお正月に母が倒れ、しばらく寝込むということも。

私は介護、家事、リハビリの合間に仕事(アフィリエイター)をする
そんな生活の中で、昨年、母が倒れたり、入院したりで
私が負担する比重が高まったり。
でも、そのおかげで!?
自画自賛ですが効率化がうまくできるようになったようにも思えます(笑)。

なんでもやっぱり明るく生きるのが一番!


父はと言えば、ほぼずっと毎日リハビリを続け、
失語症はあまり良くなっていませんが、
体力的にはかなり自信を持っている様子。
今では、リハビリに付き合っている私のほうがへばってしまうことも。。



家族にとってお正月は退院直後を思い出す時期なんですね。
思い出すとベッドから起き上がれなかった父を
夜間は2時間おきにトイレのために様子を見に行くという生活。
母も私もぐったりでした。

食生活も適当というわけには行かないので、
栄養士の方から教わった通り、そして、手を抜かないためにも
約束事として1日30品目と青菜を食べることに。
これも、初めの頃はそれだけ料理を作るということに
母も私も慣れてなくて悪戦苦闘(笑)

正直、こんな生活で身体が持つのでしょうか??って思ってました。


それも時間が経てば慣れて、できるようになるもんですね。
また、父もベッドから起き上がって一人でポータブルトイレが出来るように。
母も私も飛躍的に楽になりました。



最近では、検索でいらっしゃる方が多くなってきて
そんな検索ワードを見ていると、
たくさんの方々が心配されてることが本当に見えてくるようです。

多い順では、1.脳内出血 2.後遺症 3.リハビリ なのですが、
心配されていらっしゃる内容だけピックアップすると
1.後遺症 2.前兆 3.費用 となりました。

父が倒れた直後、私もまったく同じことを検索していた気がします。
今後の生活はどうしていけばいいのか。後遺症はどうなっていくのか。
そして、入院費用は?さらには、家族もなりやすいという話もありますが、
脳内出血の前兆は?


そんなことをいっぱい調べたように思います。

私の記事:
脳内出血に伴う費用(入院時から退院後、自宅での生活まで)
左脳の脳内出血の後遺症と付き合う日々
今だから言えること。気をつけられるなら気をつけて(前兆について)


12月に上の記事以外でよくお読みいただいた記事としては、
左手での書くリハビリでぶつかる鏡文字
左利きの私も子供のころ、鏡文字を書いていたので、左手で書くときは
仕方ないのかもしれませんね。

父お気に入りのリハビリパンツ。その理由は
意味深な題だったからでしょうか(笑)。人気記事ベスト4です。

冬のお風呂で思い出す退院後初めてのお風呂
冬のお風呂は今でも気を使いますね。
お風呂場を暖かくはしてあげてるのですが、やっぱり寒いらしく
その分、身体が硬くなっています。怪我しないように要注意ですね。


お正月ということで、ふと振り返ってみました(笑)

お正月から親孝行できたかな。

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


朝からお雑煮を母が作り、お屠蘇やおせち料理を頂き、
新聞を入れて年賀状を見る。いつものお正月です。
京都なので、お雑煮は白みそです。


出していない先から頂いた父への年賀状も結構ありました。。

去年、母はお正月から体調を壊して初詣に行けなかったのですが、
今年は絶対に行きたいということで、
すぐに洗い物をして、出してない先の年賀状をパソコンで印刷。

お正月からモースピードでフル回転!

ささっと外出の準備をして、ご近所の神社と
北野天満宮、その近くの大将軍八神社へお参りしました。
ちなみに北野天満宮は学問の神様菅原道真公をお祀りしていて
牛の神様としてもおなじみです。


昨年は残念なことに、
お牛さんの首を落とされるなんて恐ろしいニュースもありました。
(参照)
MSN産経ニュース京都・北野天満宮で牛像が壊される 2008年6月26日



去年の秋から、母もときどき一緒に外出するようになり、
二条城京都芸術センター御所などに
私は父の車いすを押し、母も家から一緒に歩いて行ったおかげで
本当に母も健脚になったようです。


三社といっても周ってみると、帰りのお買い物も含めて1時間半。
その間、ずっと歩いてるんですから。

帰ってきて、すぐにお昼ご飯を作って頂きました。
その後、父をお風呂に入れてあげて。


母からねぎらいの言葉をかけられたとき、
久々に親孝行したのかなって思えたお正月でした。


ずっと介護して家事をしていると親孝行という言葉を忘れてましたが、
改めてお礼を言われたとき、
いつもは母と口喧嘩ばかりなので、お正月からちょっといい気分♪