2008年07月31日

絵を描いてみて

ずっとしゃべる練習や文字を書く練習をしていると
時々、険悪!?な雰囲気になっちゃうことがあります(笑)。
書けない状態に、こちらも、う〜ん。。父も「何で書けへんにゃ」といらいら。

そんなとき、8+5=や13−9=みたいな簡単な計算に変えたり、
ちょっとしたマーク、四角書いてとか星マークや五角形などを書いてと言います。
するとマークはすらすら書けるんです。

でも、今日は特に険悪ムード。。
昨日、母が脳梗塞の疑いで検査(実際には微小脳梗塞で薬で今後を考える程度でした)。
そんなこともあって、もともと重い雰囲気。

う〜ん。しまった。文字を書く練習したの、失敗だったかな?

でも、この介護体験記を書いていて第二日赤のときに書いてもらった
大文字山に雲どりを思い出しました。

絵なら機嫌が良くなるかも!!

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

そこで、山の絵を描いてというと、「えぇ〜!」と言いながら、すらすら。
「それ、山描いてって言ったから山ってわかるけど、誰が見ても山ってわかるようにして」
というと、むっとした雰囲気で下に雲どり描いて笑ってました。

いける!機嫌が直りそう♪そう思った私は、
「カブトムシ描いて♪」というとクワガタを描いてました(笑)。
「それ、クワガタ!」っていうと「おおっ??」と言って直してました。
それから、車やビルなどを描いてもらったりして、楽しみました。

やっぱり、絵を描くのは相当好きなようです。また、うまくいくので父も心地よいようです。
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2008年07月29日

とりあえず、肺気腫についてはしゃべらないでおこう

母もとても心配してくれてますが、
私とてどうしようもありません。
また、家族仲が悪くなるのはもうごめんなので、
とりあえず、父には
若年性肺気腫についてはしゃべらないでおこうということにしました。

洗い物をしているときなど、時々急にしんどくなったりしますが、
それも以前からあるのでと自分に言い聞かせます。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

人生、いろいろありますね。
でも、同じ生きるなら、楽しく生きなきゃ損。
一緒に暮らすなら仲良くしなきゃ損。


もともと体が弱かった私にとっては病名がついただけで、
後は何も変わってないのですから。

ただ、心配なのは、現状レベルの介護生活がずっと続く中での私の体調が悪くなった場合。
もしくは、父のレベルが悪くなってしまった場合の私の体調が悪くなってしまった場合。

今から考えても仕方ないですね。
posted by fooca at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 私のプチ闘病記!?

ようやく今に追いつきました。

管理人についてで書きましたように、
今までの2年間を見直し、何かのお役に立てればと思い、
自分なりに記録をまとめることができました。


つたない文章でしたが、私なりに同じ境遇になりたての方や
同じ境遇で今後どうしようか考えられてる方にお役に立てるように
書いたつもりです。少しでもお役に立てればと思います。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

介護生活も、早いものでもう2年。でも、まだまだたったの2年。
家族的には、ずっといつまでも元気でいてほしいと願っています。

ほぼ毎日、欠かさずにリハビリをしてきました。
本当は最初のころ、父が「嫌」という日があったのですが、
父の性格がわかっている私は、
(こんな程度であきらめるの)という表情をしながら
「じゃあ、やめときましょう。しんどいもんね。」と言って
負けん気の強い父を奮起させました(笑)。

もともと、体が弱い私に強い姿を見せ続けたかった父です。
こんな風に言えば、絶対にやると思ってました。

でも、本当に来る日も来る日も一緒にリハビリをやり続けれるとは
思ってませんでした。本当に感謝です。




こうやって、2年間を簡単にまとめてみましたが、
父の生きがいをどうやって見つけてあげられるかがずっとテーマでした。
塗り絵を描いて楽しんでますが、もともと本職は呉服のデザイン関係。

なんとか、父のさらなる生きがいを見つけられるように今考えています。

母の願いは、父とおしゃべりすること。
こちらも、なんとか叶えてあげたいけど、
失語症の克服はこの2年間を振り返って難しいなあ。
ただ、可能性があるのは、父と母の口げんか。
父が何を言ってるかわかりませんが(笑)、その必死さから
徐々にしゃべれるようになりそうな、そんな雰囲気がいつもあるんですね。

けんかしてとは言いにくいですけど。口げんかが失語症克服のヒントかもと思ってます。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

脳内出血で倒れて2年が経った現在の父の状況
パジャマから普段着への着替え(一部介助)、
普段着は首の部分がのびのびになってしまいますが、上半身は自分で着替えできます。
ポータブルトイレへの移動(自立)。
洗顔・歯磨きなど(一部介助)、食事(自立)、
屋内移動(車椅子・四点杖で移動)
階段を登って2階へ行けるようになりました。
外は30mくらいは四点杖で歩けます。
会話はほぼ不可能。しかし、短い言葉で
「なんぎやなあ」「困ったなあ」「かあさん」「そうや」「それで」
「はあ?」「おくれ」などちょっとした言葉は出ます。

↑↓

ちなみに父が退院した当初
パジャマから普段着への着替え(全介助)、
ベッドサイドに置いたポータブルトイレへの移動(全介助)、
洗顔・歯磨きなど(一部介助)、食事(自立)、
屋内移動(車椅子・介助)
会話はほぼ不可能。リハビリで四点杖で20mくらいは歩けるかな程度
階段は不可能。ベッドからの起き上がり不可能。
posted by fooca at 15:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 2008年夏の介護日記

初詣

去年は退院したてで初詣なんてまったく無理でしたが、
「行く?」と聞くとうれしそうにうなずきました。
京都なので、あちこちに神社があるので、車イスであちこちいけるところを回りました。
本当に元気になったね。

でも、母は一緒に行くのを嫌がって家に残りました。
何でだろう??

その翌日、母が戻します。
かなり苦しそうで、すぐに寝てもらいました。

どうやら、疲れがかなりたまっていたようです。お正月から心配事が増えました。
タグ:初詣 車イス

母の入院と私の胸の違和感

疲れがたまっていて胃に出来物が出来ているらしく、
母が第二日赤に入院することになりました。

私も、胸に違和感をずっと憶えていて、ちょっと辛かったのですが、
母が退院するまでと思って我慢します。

姉も応援に来てくれて、母のお見舞いに車イスの父と交互に行きました。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

母は、一週間で退院できて、ちょっとしんどそうでしたが、
疲れも取れたようで、徐々に回復していきます。

そこで、私もお医者さんへ。
レントゲンを撮ってもらってから説明を聞きます。
「タバコは吸われてましたか」という質問に4〜5年間ほど吸ったことがあります。
1日10本程度。と答えました。
それから、レントゲンの写真で説明。
とてもお若いですが、肺気腫という病気で、一生治らない病気です。
まだ、初期症状なので、あまりわからないかもしれませんが、
そのうちに息苦しくなって、酸素ボンベなどが必要になるようになります。…

その量のタバコではタバコのせいではないと思います。
おそらく、もっと以前から子供のころから肺気腫だったのかもしれません。
ということでした。気管支拡張剤の張り薬をもらい、帰宅。

家で父と母に説明。

母もびっくりしてましたが、父は納得がいかないようでした。
以前の父の表情。「気合が足りない」とでも言うように。

その後、説明しても、一生治らない病気ということに納得しません。
そして、その話をわしにするなという表情に。
親に心配かけるな!って感じに。


う〜ん。変わってないなあ。お父さん。

それから、また、雰囲気がギクシャク。
毎日のリハビリのときの父の雰囲気も硬直した顔になりました。
posted by fooca at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 私のプチ闘病記!?

いよいよ3階へ

母の入院中、姉が応援に来てくれていたので、
父が上がりたがっていた家の3階にチャレンジ!

3階に仏壇があるので、信心深い父はずっと上がりたがっていたのですが、
3階への階段の手すりは右側なので、
2階への階段の左側の手すりのように前を向いて
左手で引っ張り上げることが出来ません。

そこで、ときどき、横向けになって左手で右側の手すりをもって
カニさん歩きで上がり、降りるときは下を向いて降りる練習を2〜3段やっていたのですが、
一番上の最後の2段は左手で引っ張ることができないので、
もう一人、上からの支えが必要だと思ってました。

それを姉にお願いします。
カニさん歩きで階段を上がり、私は後方から支え、姉に最後に引っ張り上げてもらいます。
そして、すぐに降りる練習。2段だけやってみて、大丈夫だったので
もう一度上に上がりました。

父にとっては2年ぶりの3階です。
3階からの外の風景をしげしげ見てました。そして、仏壇に片手でご挨拶。

ふと足を見ると、カニさん歩きで右足を引き上げるときに
何度も階段にぶつけたらしく、あちこち切れてました。痛そう。。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

1階まで降りると相当疲れたのか、普段は夜まで寝ない父が寝てしまいました。
でも、3階まで上がれてよかったね。お父さん。

そんなこんなで父が倒れてから2年。

本当に元気になって、力強くなって良かったって思います。
なかなか平穏無事とは行かなかったりしますが、
リハビリの成果も順調、とまでは言えなかったりしますが、
元気に日々を送っている父を見て、母ともども幸せに思います。

和菓子が好きで、食欲旺盛で、リハビリもしっかりやってきましたが、
家の中がほとんどで。。

その結果、リハビリパンツのL〜LL(80cm〜125cm)がきつくなったって言うんです(笑)。
それから、リハビリ強化!決定!!
それ以上大きなリハビリパンツないから(笑)。

家の中を歩く量を倍にしました。ちょっと疲れてますが、
メタボ検診にもひっかかるウエストに。が〜ん。

在宅介護だけでは、なかなか大変です(笑)。
ときどき、リハビリ入院して言語療法士の先生に怒られて来てくれないかな♪
なんて思ったりして。

過保護

万が一のことがあってはいけないという思いから、
出来そうなことと、多分出来ないだろうということを分けて考えて
リハビリをしていたのですが、ある日。。

倒れる前に父が預かったあるものを返してほしいと親戚から。
私や母は知らないのでどうしようもないと思っていましたが、
父が、2階に上がりたいと言うのです。

階段をどうやって上がるの?って思ったのですが、とりあえず階段まで行ってみました。
左側に手すりが付いているのですが、手すりをつかんで登りだしました。あわてて私も父の後ろから支えて上がりました。
「ちょっと待って! 降りるときはどうするの?」
右側には手すりはありません。仕方ないのでそのまま後向けに降ります。

それから、毎日のリハビリでちょっとづつ、段数を増やして行きました。
登ってから「降りられない」とか「しんどい」と言われてもどうすることも出来ないので。
しっかり脚力が付くように練習します。

しかし、最後の2段は手すりを持って引っ張り上げるように上がることが出来ません。
そこで、父と約束します。
「もし落ちそうになったら、後ろから支える力はないので、落ちそうになる前に前に倒すよ」と。
後向けに階段を落ちたら私も下敷きです。私が万一落ちても前に父を倒しておいたら
父は助かるだろうと思ってそう約束しました。

そして、私も左手で手すりを持ちながら、右手で父の右足を持ち上げ、1段上げます。
そうして、2階に到着。父のかつての仕事場です。感慨深げに眺めてました。
私は1階から車イスをとってきて乗せてあげます。
そして、親戚から預かったものを一緒に探しました。でも。。
とある扉の中だというのですが、その中には何もありません。

しばらく考えた後、同じ造りの3階の扉?かなと思って、見に行くとありました。
でも、父が3階に上がるのはもっと難しいのです。
3階への階段は手すりが右側だから。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

しかしながら、父のやる気が階段を上がれるようにしました。
母が「絶対無理だから辞めて!」と言ったのですが、これが父の心に火をつけました(笑)。
それから、リハビリの中に2階に上がって歩く練習を入れるようになりました。
posted by fooca at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007年秋冬の出来事

しゃべる練習は苦手だから歩く練習メインで

階段を上がれるようになった父は、自信もさらについたみたいで、
歩く練習をしっかりやります。

でも、階段はちょっときつかったのか、麻痺足の右ひざを痛めます。
しばらくリハビリは字を書く練習メインにすることにしました。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

名前を書いて、住所を書いて、電話番号を書いて。
何度もやっているうちに徐々に覚えてかけるようになりました。

簡単な算数(一桁の足し算や引き算)はできました。
ただ、足し算と引き算を混ぜた問題は解けません。掛け算もできません。
説明してもわかったのかどうなのか。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

ひざも良くなったので、もっと歩く練習。
すると父はポータブルトイレではなく、普通のトイレに行きたいと言うようになりました。
母や私に迷惑を掛けたくないという気持ちからだったのですが、
これに母が怒ります。「どうやってやるの?」
私は練習にかなり時間がかかっても無理ではないと思ったのですが、
母は、そんなことよりもしゃべれるようになってほしい!しゃべり相手になってほしい!
という気持ちを父にぶつけました。


しばらく、会話にならない夫婦の口げんかが続きました(笑)。
しかし、父も納得したらしく、嫌なしゃべる練習をやることになりました。
posted by fooca at 13:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007年秋冬の出来事

テレビ、トイレ…

まずは身近にあるものを指差して「あれは何?」と聞きます。

言えません。かなり考えた挙句に言えないんです。
「あれはテレビ」というとうなずくのですが、言えません。

テレビということはわかっているらしいです。
首のところまで言葉が出掛かっているというジェスチャーもします(笑)。

一緒に「テレビ」を連呼します。
「さあ、今度はお父さん一人で言って」と言って「テ・レ・ビ」とようやく言えて二人でホッと。
「もう一回どうぞ」っていうと言えない。。

次はトイレ。でも、テレビという言葉が頭に残ってしまうのか、
トイレを指差しても「テレビ」。。

しゃべる練習を嫌がる気持ち、わかるけど、苦手だからこそやらねばね。
お父さん。

〜 ◇ 〜〜 ◇◎◇ 〜〜 ◇ 〜

トイレと言えるようになった後で、
冗談でお母さんを指して、「誰ですか?」と聞くと
案の定「ト・イ・レ」

お母さん激怒でした(笑)。
posted by fooca at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 2007年秋冬の出来事